
2025/03/31
皆さんは、自分の言葉が、相手に意図しない意味で伝わってしまったことはないでしょうか?逆に、相手の言葉を、意図されてない意味で受け取ってしまったことはないでしょうか?
言葉を介するコミュニケーションの中で、私たちは日々このようなことを経験しています。
時には自分が考えていることですらわからないこともある中で、他者が何を考えているかを理解することは簡単ではありません。
では、私たちが言葉を通して相手を理解するにはどうすればよいでしょうか?
それには相手が意図的に送るメッセージだけでなく、言葉の周囲に埋め込まれたヒントにも目を配る必要があります。
今回は文学を専門とする阿部公彦先生が、言葉から相手を理解するための実践的で具体的な方法を、様々な題材を通じて解説していきます。
UTokyo Online Education 高校生と大学生のための金曜特別講座 2021 阿部公彦
「声」を聞くとはどういうことか?
声という言葉は、「読者の声」や「政府を非難する声」という場合のように主張や願いを指す意味でも使われます。
相手を理解しようとする、相手の「声」を聞くとはどういうことなのか考えてみましょう。
言葉の起源
言葉は、うなりのような音声、ジェスチャー、絵、から書き言葉まで、さまざまな形をとりながら今も変化し続けています。
しかし、あらゆる言葉的なものに共通しているのは、「媒体(メディア)」に乗って伝えられるということです。例えば、音声であれば音の信号に乗り、書き言葉であれば石や紙に乗って伝えられます。
つまり、相手の「声」を聞くというのは「媒体(メディア)」のかたちを捉えることとも言えるのです。
名作の声を聞く「らくがき式」
突然ですが、皆さんは「らくがき」と聞いて何を思い浮かべますか?もしかすると、あまりよくないイメージを持たれている方も多いかもしれません。
しかし、実はテキストへの「らくがき」こそが文章の声を聞くうえで有効な手段になりうるのです。では早速、「らくがき式」を実践してみましょう。
江戸川乱歩『怪人二十面相』
UTokyo Online Education 高校生と大学生のための金曜特別講座 2021 阿部公彦
まずはこちらをご覧ください。テキストにさまざまなツッコミが入っているのがわかります。
「らくがき式」ではこのように気になる箇所、特徴的な箇所に書き込みを入れることからスタートします。
一見難しく感じるかもしれませんが、「何度も繰り返される表現」や「わかりにくいところ」、「違和感を覚えるところ」を意識してみましょう。
実際にやってみると、今回は、・ですます調や「お」天気という表現などの、やけに丁寧な口調・毎日を「毎日毎日」、東京の町を「東京中の町という町」と表現するくどさ・「どんなに」や「誰ひとり」などの副詞を多用する力みなどの特徴が浮かび上がります。
次に、これらの特徴が読者にどのような印象を与えるかを考えてみましょう。
前提として本作品は、江戸川乱歩が初めて子ども向けに書いた作品であることを踏まえると、丁寧な口調は、大人が子どもに語り掛けるようなあたたかみを与えていると言えます。
よく考えてみると、子ども向けの作品ではですます調のような敬体で書かれることが一般的です。例えば、昔々あるところにおじいさんとおばあさんが「いた。」ではなく「おりました。」の方が聞き馴染みがあると思います。
敬体を使う理由は未だ結論付けられていないものの、優しく腰を低くすることで子どもを物語世界に誘い込みやすくしているのではないかと考えられます。(しかし、ある程度年齢があがると、逆にそのような文章では物足りなさを感じたり、嫌味に感じたりするようになります。)
そして、前のめりで力んでいる過剰な語りは、面倒くさくてしつこい、押し売りの気配を感じさせる一方で、語り手が善意にあふれた人なのではないか、とも感じ取ることができます。
それでは、このような印象は作品にどう作用しているでしょうか?
ご存知の方も多いかもしれませんが、本作は探偵小説です。物語では日常生活に犯罪という危機が訪れつつ、名探偵明智小五郎のおかげで元の日常に戻ります。
優しい文章が、このような危機的状況である非日常との間を行ったり来たりするストーリーに安心感を与えていると考えられます。
「らくがき式」の利点と狙い
先の例のように、「らくがき」は、言葉の細部に注目し兆候を可視化することに役立ちます。ここで重要なのは、それにより文章を意味のあるメッセージを伝えるものとしてだけでなく、いろいろな「声」が飛び交う場所だと認識できる点です。
文章には書き手の気分や情緒、精神状態が無意識のうちに現れることもあり、書き手が意図していない意味で伝わってしまうこともあります。例えば、単に忙しいときに簡単に送ったメッセージが、無愛想な印象で受け取られてしまったり…。
しかし、このような自分が想定していない解釈の仕方に気づくのは簡単なことではありません。
「らくがき式」は、多義性を存分に持つ文学作品を「読む」プロセスを自覚することや、自分の「読み」を他者に向けて表現することを通じて、多義性に対する感性を磨くよい練習になり得ます。
告辞の「声」を聞く
UTokyo Online Education 高校生と大学生のための金曜特別講座 2021 阿部公彦
今度はより身近な題材である告辞の「声」を聞いてみましょう。こちらは、2020年3月の東京大学学位授与式で当時の五神真総長が述べた告辞の冒頭部分です。
ぜひ実際に読んでみてください。皆さんはどのような印象を受けましたか?
赤字部分に目を向けてみると、「おめでとう」というスタンスが強調されていることがわかると思います。当たり前だと思われるかもしれませんが、よく考えてみると、お祝いの場であることがわかりきっている授与式で、祝いの言葉を繰り返す必要はないのではないか?という疑問が生まれます。
では、なぜ祝いの言葉を省略しないのでしょうか?
ここでポイントとなるのは、情報伝達を目的としない、「挨拶」という行為として言葉が発せられているという点です。
この告辞には、行為としてことばを発することで「私はあなたを祝っているよ」という私とあなたの関係性を樹立し構築する役割があります。この場を持ってさようならという訳ではなく、これからも関係性を続けていこうという意志が伝わります。
そして、挨拶を交わすことは決まり事や約束事の確認でもあります。互いの存在を社会化し、同じ社会にいる、社会という場を共有していることを認識させます。話し手と受け取り手が社会の中である共有された位置を占めていることが確認できるということです。
また、この時間と場を祝うことに費やしているのだと示すことで「今この時間はめでたいときなのである」という場の演出にもつながります。このように、言葉の「声」には情報伝達にとどまらない作用があります。それを意識してみると、普段目に触れる文章の受け取り方が変わるかもしれません。
まとめ
文章を読むとき、皆さんはまず「何」が書かれているかが気になるのではないかと思います。しかし、私たちは知らず知らずのうちに文章の「声」を読み、言葉の周囲にあるヒントを受け取っているのです。
この講義では実例を使いながら、文章の「声」がどのように表現されるか、そもそも文章の「声」を聞くとはどういうことか、を紐解きます。
自分が読みたいものを読むのではなく、相手から聞こえてくるものを読むという立場に立った時、これまで意識していなかった文章の新しい側面に気づくことができるかもしれません。
本記事はここで終わりになりますが、動画では他にも気になる例が紹介されています。約1時間の質疑応答タイムでも、多くの人からあがった質問に先生が丁寧に回答しています。続きが気になる方はぜひチェックしてみて下さい!
https://youtu.be/41Gw6VJXEdA?si=v4PGF7zOmxLJ0RIg
<文/RF(東京大学学生サポーター)>
今回紹介した講義:2021年度:高校生と大学生のための金曜特別講座 あなたはふだん文章の「声」を読んでいますか? 阿部公彦先生
さらに深く文学について学びたい方は、同センターで開発・開講されているオンライン講座『UTokyo MOOC』の「The Power of Words」を受講することをお勧めします。阿部先生が講師を務め、言葉がどのように力を持ちうるか(続けるか)を、日本文学と英文学に焦点を当てて探求していく講義となっています。こちらは無料で受講できるコンテンツです。
●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。
言葉を介するコミュニケーションの中で、私たちは日々このようなことを経験しています。
時には自分が考えていることですらわからないこともある中で、他者が何を考えているかを理解することは簡単ではありません。
では、私たちが言葉を通して相手を理解するにはどうすればよいでしょうか?
それには相手が意図的に送るメッセージだけでなく、言葉の周囲に埋め込まれたヒントにも目を配る必要があります。
今回は文学を専門とする阿部公彦先生が、言葉から相手を理解するための実践的で具体的な方法を、様々な題材を通じて解説していきます。
UTokyo Online Education 高校生と大学生のための金曜特別講座 2021 阿部公彦
「声」を聞くとはどういうことか?
声という言葉は、「読者の声」や「政府を非難する声」という場合のように主張や願いを指す意味でも使われます。
相手を理解しようとする、相手の「声」を聞くとはどういうことなのか考えてみましょう。
言葉の起源
言葉は、うなりのような音声、ジェスチャー、絵、から書き言葉まで、さまざまな形をとりながら今も変化し続けています。
しかし、あらゆる言葉的なものに共通しているのは、「媒体(メディア)」に乗って伝えられるということです。例えば、音声であれば音の信号に乗り、書き言葉であれば石や紙に乗って伝えられます。
つまり、相手の「声」を聞くというのは「媒体(メディア)」のかたちを捉えることとも言えるのです。
名作の声を聞く「らくがき式」
突然ですが、皆さんは「らくがき」と聞いて何を思い浮かべますか?もしかすると、あまりよくないイメージを持たれている方も多いかもしれません。
しかし、実はテキストへの「らくがき」こそが文章の声を聞くうえで有効な手段になりうるのです。では早速、「らくがき式」を実践してみましょう。
江戸川乱歩『怪人二十面相』
UTokyo Online Education 高校生と大学生のための金曜特別講座 2021 阿部公彦
まずはこちらをご覧ください。テキストにさまざまなツッコミが入っているのがわかります。
「らくがき式」ではこのように気になる箇所、特徴的な箇所に書き込みを入れることからスタートします。
一見難しく感じるかもしれませんが、「何度も繰り返される表現」や「わかりにくいところ」、「違和感を覚えるところ」を意識してみましょう。
実際にやってみると、今回は、・ですます調や「お」天気という表現などの、やけに丁寧な口調・毎日を「毎日毎日」、東京の町を「東京中の町という町」と表現するくどさ・「どんなに」や「誰ひとり」などの副詞を多用する力みなどの特徴が浮かび上がります。
次に、これらの特徴が読者にどのような印象を与えるかを考えてみましょう。
前提として本作品は、江戸川乱歩が初めて子ども向けに書いた作品であることを踏まえると、丁寧な口調は、大人が子どもに語り掛けるようなあたたかみを与えていると言えます。
よく考えてみると、子ども向けの作品ではですます調のような敬体で書かれることが一般的です。例えば、昔々あるところにおじいさんとおばあさんが「いた。」ではなく「おりました。」の方が聞き馴染みがあると思います。
敬体を使う理由は未だ結論付けられていないものの、優しく腰を低くすることで子どもを物語世界に誘い込みやすくしているのではないかと考えられます。(しかし、ある程度年齢があがると、逆にそのような文章では物足りなさを感じたり、嫌味に感じたりするようになります。)
そして、前のめりで力んでいる過剰な語りは、面倒くさくてしつこい、押し売りの気配を感じさせる一方で、語り手が善意にあふれた人なのではないか、とも感じ取ることができます。
それでは、このような印象は作品にどう作用しているでしょうか?
ご存知の方も多いかもしれませんが、本作は探偵小説です。物語では日常生活に犯罪という危機が訪れつつ、名探偵明智小五郎のおかげで元の日常に戻ります。
優しい文章が、このような危機的状況である非日常との間を行ったり来たりするストーリーに安心感を与えていると考えられます。
「らくがき式」の利点と狙い
先の例のように、「らくがき」は、言葉の細部に注目し兆候を可視化することに役立ちます。ここで重要なのは、それにより文章を意味のあるメッセージを伝えるものとしてだけでなく、いろいろな「声」が飛び交う場所だと認識できる点です。
文章には書き手の気分や情緒、精神状態が無意識のうちに現れることもあり、書き手が意図していない意味で伝わってしまうこともあります。例えば、単に忙しいときに簡単に送ったメッセージが、無愛想な印象で受け取られてしまったり…。
しかし、このような自分が想定していない解釈の仕方に気づくのは簡単なことではありません。
「らくがき式」は、多義性を存分に持つ文学作品を「読む」プロセスを自覚することや、自分の「読み」を他者に向けて表現することを通じて、多義性に対する感性を磨くよい練習になり得ます。
告辞の「声」を聞く
UTokyo Online Education 高校生と大学生のための金曜特別講座 2021 阿部公彦
今度はより身近な題材である告辞の「声」を聞いてみましょう。こちらは、2020年3月の東京大学学位授与式で当時の五神真総長が述べた告辞の冒頭部分です。
ぜひ実際に読んでみてください。皆さんはどのような印象を受けましたか?
赤字部分に目を向けてみると、「おめでとう」というスタンスが強調されていることがわかると思います。当たり前だと思われるかもしれませんが、よく考えてみると、お祝いの場であることがわかりきっている授与式で、祝いの言葉を繰り返す必要はないのではないか?という疑問が生まれます。
では、なぜ祝いの言葉を省略しないのでしょうか?
ここでポイントとなるのは、情報伝達を目的としない、「挨拶」という行為として言葉が発せられているという点です。
この告辞には、行為としてことばを発することで「私はあなたを祝っているよ」という私とあなたの関係性を樹立し構築する役割があります。この場を持ってさようならという訳ではなく、これからも関係性を続けていこうという意志が伝わります。
そして、挨拶を交わすことは決まり事や約束事の確認でもあります。互いの存在を社会化し、同じ社会にいる、社会という場を共有していることを認識させます。話し手と受け取り手が社会の中である共有された位置を占めていることが確認できるということです。
また、この時間と場を祝うことに費やしているのだと示すことで「今この時間はめでたいときなのである」という場の演出にもつながります。このように、言葉の「声」には情報伝達にとどまらない作用があります。それを意識してみると、普段目に触れる文章の受け取り方が変わるかもしれません。
まとめ
文章を読むとき、皆さんはまず「何」が書かれているかが気になるのではないかと思います。しかし、私たちは知らず知らずのうちに文章の「声」を読み、言葉の周囲にあるヒントを受け取っているのです。
この講義では実例を使いながら、文章の「声」がどのように表現されるか、そもそも文章の「声」を聞くとはどういうことか、を紐解きます。
自分が読みたいものを読むのではなく、相手から聞こえてくるものを読むという立場に立った時、これまで意識していなかった文章の新しい側面に気づくことができるかもしれません。
本記事はここで終わりになりますが、動画では他にも気になる例が紹介されています。約1時間の質疑応答タイムでも、多くの人からあがった質問に先生が丁寧に回答しています。続きが気になる方はぜひチェックしてみて下さい!
https://youtu.be/41Gw6VJXEdA?si=v4PGF7zOmxLJ0RIg
<文/RF(東京大学学生サポーター)>
今回紹介した講義:2021年度:高校生と大学生のための金曜特別講座 あなたはふだん文章の「声」を読んでいますか? 阿部公彦先生
さらに深く文学について学びたい方は、同センターで開発・開講されているオンライン講座『UTokyo MOOC』の「The Power of Words」を受講することをお勧めします。阿部先生が講師を務め、言葉がどのように力を持ちうるか(続けるか)を、日本文学と英文学に焦点を当てて探求していく講義となっています。こちらは無料で受講できるコンテンツです。
●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。