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2024/08/28

多様化の進む現代社会において、あらゆる人を包容する共生社会の創出は必要不可欠です。例えば日本の教育の場では、そのようなインクルーシブ(=包容的)な社会の実現にむけた教育の推進として、障害を持つ子どもたちに対する特別支援教育に力が入れられています。

ところが、子どもたちの抱えるそうした障害は、まさにその学校自身が生み出しているのではないか、という言説があります。これは一体、どういうことでしょうか?

今回は、教育学者である小国 喜弘(こくに よしひろ)先生の講義「子どもたちは繋がれるか:インクルーシブ教育の課題と展望」をご紹介します。

インクルーシブ教育とは?

文部科学省によれば、インクルーシブ教育システムとは「人間の多様性の尊重等の強化、障害者が精神的及び身体的な能力等を可能な最大限度まで発達させ、自由な社会に効果的に参加することを可能とするとの目的の下、障害のある者と障害のない者が共に学ぶ仕組み」とされています。

日本におけるインクルーシブ教育の背景にあるのは、2006年に国連総会で採択された障害者権利条約です。この24条は教育に関する条文ですが、この中には「障害者が障害に基づいて一般的な教育制度から排除されないこと及び障害のある児童が障害に基づいて無償のかつ義務的な初等教育から又は中等教育から排除されないこと」を確保することが定められています。

障害者権利条約の考え方の根底にあるのは、障害の「社会モデル」という考え方です。

これは、障害は社会における多数派(マジョリティ)の特性と異なるために不利益を被っているものであるとみなす考え方です。つまり、障害は社会構造によって作り出されるものであり、障害を克服するためには、社会側の制度や文化、慣習を変えていくことが重要となります。

これは、従来支配的であった、障害という欠損・不足を個人のトレーニングや医療サービスによって補完するべきだ、とする医学モデルとは全く異なる考え方です。

なぜ、社会モデルが採用されるのでしょうか?

私たちが暮らす地域社会には、様々な人々が存在しています。こうした社会の中ですべての人が共に生活していくためには、その障壁となっているものを取り除き、地域社会へ包摂していくことが必要です。こうした社会モデルの価値観に基づき、障害者権利条約においては、平等の実現、差別の禁止、合理的配慮をすること、さらには意思決定への当事者の関与などの重要な考え方が含まれています。

日本における特別支援教育の現状

日本においては、インクルーシブ教育の理念のもと、特別支援教育が特に推進されてきました。その現状はどうなっているのか、見てみましょう。

UTokyo Online Education 子どもたちは繋がれるか:インクルーシブ教育の課題と展望 Copyright 2021, 小国 喜弘

こちらは特別支援学校の生徒数に関する統計ですが、ここ10年で約11万人から14万人に在籍人数が増えています。

一方、特別支援学級の生徒数について見てみると、

UTokyo Online Education 子どもたちは繋がれるか:インクルーシブ教育の課題と展望 Copyright 2021, 小国 喜弘

10年で約12万から26万人、大体2倍に増えています。

この増え方を、一体どう解釈すればいいでしょうか。

これはある意味、これまで教育を受けられなかった子どもたちが、特別支援教育を通して教育へアクセスできるようになった結果の表れだ、と前向きに捉えることができるかもしれません。

しかし、それは裏を返せば、学校教育の中心となっているシステムから周縁化されたり、排除されたりする子どもたちが増えている、とも言えないでしょうか。

また、ここ10年では不登校になる子どもや、いじめや暴力行為の対象となる子どもも増えています。さらに、子どもの自殺者の数は、2020年に過去最多となっています。

コロナウイルス感染症の流行下、あらゆる学校が休校となり、子どもたちは自宅待機を余儀なくされました。この時期には、「家庭における児童虐待が増え、亡くなる子どもたちが増えてしまうのではないか」ということが懸念されていました。

しかし、いざ蓋を開けてみると、自殺する子どもが増えたのは、何と休校期間が明けた時期だったのです。

これまで私たちは、「子どもたちは学校に来れば安全が確保される。家庭で過ごす時間など、学校にいない時間に子供たちの危機がある」と思っていたのに、

学校は、子どもにとって家庭よりもはるかに危険な場!?

となってしまっている可能性が出てきたのです。

UTokyo Online Education 子どもたちは繋がれるか:インクルーシブ教育の課題と展望 Copyright 2021, 小国 喜弘

子どもたちの自殺の要因を見ても、学校絡みの要因が多く見られます。一体、学校現場に何が起こっているのでしょうか?

小国先生は、ここでは2つの背景を挙げています。

1つの背景は、子どもへの規制管理の強化が行われたことです。2000年代前半に、少年犯罪や学級崩壊が増えたという背景から、学校において「必要な規律を重んずる」ことが求められるようになりました。

UTokyo Online Education 子どもたちは繋がれるか:インクルーシブ教育の課題と展望 Copyright 2021, 小国 喜弘

これは、授業前に関する規則です。ダメ出しによってルールを遵守させるという、まさに監獄のような状態が、普通の学校空間に存在しているという恐ろしさ……。

学校には、虐待を受けていたり、プレッシャーのかかる家庭環境で生きる希望を失っていたりする子どもたちも来ています。こうした子どもたちを迎える場所として、このような状況は適切なのでしょうか?

こうした息苦しい環境が、もしかすると、子どもたちの抱える困難を生み出す要因になっているのかもしれません。

もう1つの背景は、全国学力・学習状況調査の存在です。

県ごとに子どもたちの学力の順位が出る中、現場の教師たちは「子どもたちの成績を上げなくてはならない」という、政治や行政からのプレッシャーに日々さらされています。

一方、子どもの学力は親の経済力に強い関連があるということ、地域性の問題が非常に大きいことは、教育社会学の中ではよく知られています。ですが、この事実を学校現場で大っぴらには言うことはできません。そのような板挟みの状態の中で、教師たちはとにかく「テストの点数」で物事を判断するようになり、子どもたちを連日テスト漬けにしたり、テストの点数が低い子に対し「特別支援学級の方が合っているのでは」と、単純に善意から考えたりするようになってしまうのではないでしょうか。

インクルーシブ教育の展望

このような現状の中で、インクルーシブ教育を推し進めていくことは果たして可能なのでしょうか?

そのヒントとして、特別学級から普通学級に移った子どもと、ともに学ぶことになった生徒たち、彼らの教師の実践の事例が紹介されています(残念ながら一部映像が削除されています)。初めは全員が戸惑いを覚えつつも、いろいろなことを障害の有無で決めつけず、みんなで話し合って考える。こうしたクラスにおいては助け合いの精神が当たり前となり、分からないことを聞き合うことのできる環境が作られた結果、意図せずして学力テストの平均点もトップになったという事例です。

インクルーシブ教育の実践には、学校制度の大改革も、多額の予算も必要ありません。様々な長所や短所、特性を持つ子どもたちが同じ「一人の人間」として尊重しあい、ともに生きていくための環境調整をしていくことが、学級や学校という場をインクルーシブな場として構成し、ひいては、地域社会のインクルージョンを促進していくのです。

現在の日本のインクルーシブ教育は、「障害のある子どもたち」に焦点化されています。ですが、本来インクルーシブな社会には、性差、民族差、貧困、能力差など、あらゆる差異が包容されなければなりません。

真の共生社会を創っていくためのインクルーシブ教育の未来はどのようなものでしょうか。そして、共生社会の実現に向けて、私たち一人ひとりにできることは何でしょうか。この講義を見ながら、一緒に考えてみませんか。

<文/R.H.(東京大学学生サポーター)>

今回紹介した講義:子どもたちは繋がれるか:インクルーシブ教育の課題と展望 小国喜弘 先生

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2024/08/08

最近、スマート○○という言葉をよく耳にしますよね。

よく聞くものだと、スマートウォッチ、スマートスピーカー、スマート家電、スマートシティなど。
いずれもICT(情報通信技術)などを活用し、これまでの概念を多機能化、アップデートしたものを指すことが多いです。

今回紹介するのは、その一つ、「スマート農業」をテーマにした講義。

講師は農水省、筑波大学、農研機構、東京大学と様々な機関で農業に携わってきた平藤雅之先生です。

UTokyo Online Education スマート農業とは何か? ―過去、現在、未来― Copyright 2021, 平藤 雅之

私たちの食生活の基盤となっている農業ですが、スマート農業とはどのようなものなのでしょうか?

スマート農業は、スマート情報技術により、自律的に知的に制御される農業だと講義冒頭で紹介されます。

とはいえそれだけではよくわからないという方も多いと思いますので、早速、平藤先生が取り組んできたスマート農業に関する事業を講義に沿って紹介していきます!

スマート農業と時系列データ

いきなりですが、急進化しているICTとデジタル情報を活用するスマート農業では、データが非常に重要になります。
そのため、講義ではデータを集めるための取り組みがたくさん紹介されます。

農業では、これまでデータがあまり有効活用されてなかったこともありました。
データが取られなかったり、取られたとしてもそれが何を意味するのか分からなかったり。

データの中でも、作物や畑について知るために重要なのが時系列データです。
データを一つ取ってくるだけではわからないことが、時系列変化を追っていくことで何かわかることがあります

しかし、この時系列データをいきなり実際の畑などで取るのは容易ではありません
気温や、湿度や、様々な環境が常に変化し、その関係性がわかりにくいからです。

そこで、まずは環境を制御した状態で時系列データを取ることになりました。

多様な環境を人工的に作り出す閉鎖生態系で、光合成速度や生長速度などを測定します。
そうすると、光合成速度が一定でないことなど様々なことがわかりました。

UTokyo Online Education スマート農業とは何か? ―過去、現在、未来― Copyright 2021, 平藤 雅之

宇宙に農場を作り出す?

閉鎖生態系は、基本的に植物個体のデータを取るための設備でしたが、実際の畑や土壌での生態系は、複数の植物や生物によって構成されます。
そこで次に、植物を取り巻く土壌微生物などを含めた群での分析に取り組みます。

ここでは、JAXAの予算を用いて行われた、宇宙農場という研究が紹介されています。
簡単に言えば、宇宙で農業を行えるような環境を作り出そうという試みです。

宇宙では水の扱いが難しいため、水耕栽培ではなく、土壌微生物を用いた栽培が採用されました。
とはいえ、土も人が歩くと舞い上がるなど問題があるため、土壌層の中に多孔質パイプを入れて吸引し、土が舞い上がるのを防ぎます。
土自体をフィルターにして空気中のほこりやウイルスも取り込んで分解し、空気中に出た水蒸気は出口で水に戻して再び利用されるという仕組みは、ミニ地球と表現されています。

UTokyo Online Education スマート農業とは何か? ―過去、現在、未来― Copyright 2021, 平藤 雅之

これを小型化し、パラボリックフライトという微小重力を再現できる環境で実証を行いました。

飛行機の揺れで土が浮いても、吸引により抑えられることがわかり(講義では14:15ごろから動画が流れます)、宇宙での実用化の道が見えました。

UTokyo Online Education スマート農業とは何か? ―過去、現在、未来― Copyright 2021, 平藤 雅之

しかし、予算の問題などにより、国際宇宙ステーションで実現するという夢には届かなかったそうです。

とはいえ、この研究で分かったこともあります。

例えば、複数の植物が競争しながら育っていく様子を観察できたこと。
植物がじっとしているかと思いきや陣取り合戦をしながら育っていく様子は、講義映像で動画を見ることもできます。

生態系の時系列データにより、物理的な相互作用を見て様々なことがわかるのですね。

また、宇宙農場のシステムは宇宙に限らず、マンションやオフィスといった閉鎖空間で食料と酸素を作り出すシステムにも応用できるそうです。

UTokyo Online Education スマート農業とは何か? ―過去、現在、未来― Copyright 2021, 平藤 雅之

野外のフィールドでの取り組み

ここまで、主に室内レベルでの取り組みを紹介してきましたが、農業といえば多くの方が野外を想像するでしょう。
ということで、ここからは野外での、実際の農業と組み合わせた取り組みを紹介します。

その前に、スマート農業を野外の現場で行ううえで大きな課題となるのが、農業は保守化しやすいという点です。

環境や災害、消費量など様々な要因に左右される農業は非常に難しく、それゆえに経験がものをいう世界で、新しいことをして失敗することが避けられがちだそうです。

しかし、スマート農業を実際に畑で行うには、様々な技術を導入していく必要があり、ファーストペンギンになる、つまり先陣を切って取り組むことが重要になります。

UTokyo Online Education スマート農業とは何か? ―過去、現在、未来― Copyright 2021, 平藤 雅之

そんな中、少し特異で、平藤先生の取り組みの舞台にもなったのが北海道の十勝です。
十勝平野は日照時間が長く耕作面積が広大であるだけでなく、その文化にも特徴があります

それが、一番乗りが尊敬される、そして先祖伝来という呪縛がないという風土です。
これは本州に比べ開拓されたのが最近でそこまで長い歴史がなく、そして開拓精神がまだ残っているからこそだと平藤先生は赴任してから分かったそうです。

UTokyo Online Education スマート農業とは何か? ―過去、現在、未来― Copyright 2021, 平藤 雅之

このような風土は農業に限らずこの地域の特徴です。

十勝開拓の父とも言われる依田勉三(よだ べんぞう)という人物をご存知ですか?
開拓のため北海道に渡り、設立した晩成社という会社で農業や酪農などの事業を行った人物です。
晩成社は最終的に失敗に終わってしまいますが、彼をはじめ、開拓に挑戦した人々はこの地域でリスペクトされています。
ちなみに、皆さんご存知、北海道銘菓のマルセイバターサンドは晩成社のマルセイバターという商品が由来で、特徴的な包装デザインも、そのバターの箱の模様を元にしているそうです。

UTokyo Online Education スマート農業とは何か? ―過去、現在、未来― Copyright 2021, 平藤 雅之

話が逸れましたが、このように先へ先へ進む風土は研究者にとっては非常にありがたいことだと平藤先生は言います

このような風土があるからこそ、平藤先生の他にも、スマート農業に関する新たな製品やサービスを開発、利用する人がたくさん集まっているそうです。

そして、先ほど紹介したように、スマート農業にはデータが欠かせないということで、平藤先生を中心にデータ収集をはじめ様々な取り組みが行われます

大量のデータを自動収集するための小型データセンターとなるフィールドサーバを設置し、作物の生産のためでなくデータを生産・収穫するための「データファーム」が作られました。
また、大量のデータ収集には大量の電気が必要となるため、キューブ型の発電システムも開発されました。

UTokyo Online Education スマート農業とは何か? ―過去、現在、未来― Copyright 2021, 平藤 雅之
UTokyo Online Education スマート農業とは何か? ―過去、現在、未来― Copyright 2021, 平藤 雅之
UTokyo Online Education スマート農業とは何か? ―過去、現在、未来― Copyright 2021, 平藤 雅之

ここでは全ての取り組みを取り上げられませんが、他にも面白い取り組みが紹介されているので、ぜひ続きは講義をご覧ください!

スマート農業の未来

講義の最後には、農業の未来についても触れられます。
量子コンピュータや汎用型AIといった技術の進化や、核融合によるエネルギー技術などが、次の農業に繋がっていくだろうと平藤先生は言います。

また、記事では割愛しましたが、講義では、バイオスフィアという人工環境の話や、エベレストで広域モニタリングのプロジェクトにチャレンジした話など、様々な取り組みが紹介されています(しかも40分足らずの時間で)。

私たちにとって非常に重要な農業、そしてこれからも進化し続けるであろうスマート農業について、きっと興味を持つきっかけになる講義です。ぜひ動画もご覧ください。

また、この講義は「第4回農学部オンライン公開セミナー『スマート農業:ICT 技術を活用した新しい農業の形』」というセミナーの一つです。このセミナーでは他にも「農業ロボットの作り方」といった面白い講義がありますので、ぜひそちらも併せてご覧ください!
https://tv.he.u-tokyo.ac.jp/course_12050/

<文/おおさわ(東京大学学生サポーター)>

今回紹介した講義:スマート農業とは何か? ―過去、現在、未来― 平藤雅之先生

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2024/07/22

暑い日が続いています。こんな時期に食べたくなるのがうなぎ。

今年の土用丑の日(一の丑)は7月24日だそうで、もうすぐです。

日本で伝統的に愛されてきたうなぎですが、絶滅の危機にあり値段も高いため、気安く食べることは難しいですよね。

とはいえ先日、水産庁の報告会が開かれ、ウナギの完全養殖(人工シラスウナギを親魚まで育て、その親魚から得た卵をふ化させる養殖)のコストが大きく下がっているという発表がありました。もしかすると完全養殖のウナギが我々の身近になる日が近いのかもしれません。

ということで今回は、ウナギがなぜ貴重になっているのか、そしてどのような取り組みがなされているのか、などウナギのあれこれを知ることができるシンポジウム「うな丼の未来Ⅱ」を紹介します。先ほど紹介した完全養殖についての話もありますので、ぜひ最後までご覧ください!

※このシンポジウムは2014年に行われたものです。現在とは状況が一部異なることもあるかと思いますので、ご留意ください。

基調講演:ニホンウナギを守る

初めに紹介するのは九州大学の望岡先生による基調講演です。

この講演ではウナギ資源の減少とその要因、そして中期的要因に対する取り組みが紹介されます。

まず、ニホンウナギの減少要因を大きく「短期的要因」「中期的要因」「長期的要因」に分けて考えます。

短期的要因としては、海洋環境の変動や産卵時期のずれにより仔魚の死亡率が増加したり、産卵地点の南下や海流の分岐位置の北上により東アジアにやってくるシラスウナギの数が減少したりといった理由が考えられます。

中期的要因には、過度な漁獲や生息場所の減少などがあり、さらに長期的な要因としては、長期的な地球・海洋環境の変動に対する生活特性や分布域の適応的変化などが挙げられます。

UTokyo Online Education シンポジウム「うな丼の未来II」 2014 望岡 典隆

では、その中でも中期的要因に対する取り組みにはどのようなものがあるのでしょうか。

講演では「河川・沿岸のウナギ保護」「河川・沿岸環境の保全・再生」「放流技術の改良」の3つに分けて取り組みが紹介されますが、ここでは「河川・沿岸環境の保全・再生」について簡単に紹介します。

UTokyo Online Education シンポジウム「うな丼の未来II」 2014 望岡 典隆

親ウナギの回遊履歴を分析すると、7割のウナギが淡水域で生息していた履歴を持っていることがわかりました。そのため、汽水域を中心に川(淡水域)全体を保全することが重要であるといえます。

また、様々な研究から、成長期のニホンウナギの生活型についても詳しくわかるようになりました。稚魚であるシラスウナギが一度淡水域に入ってから、5年から10年ほどたって海に戻り産卵を行ったり、淡水域と汽水域を往復したりするなど複数の生活型があることが分かっています。

ここで現在の河川の状況と照らし合わせてみると、下の画像の青で示された部分のように、護岸により住処が減少したり、河川を横断するような人工物や、河川の支流に田んぼに水を引く堰が設置されたりしており、ニホンウナギの生息や生息域拡大の障害となっています。

UTokyo Online Education シンポジウム「うな丼の未来II」 2014 望岡 典隆
UTokyo Online Education シンポジウム「うな丼の未来II」 2014 望岡 典隆

そこで、西日本を中心に伝統的な漁法である石倉漁にヒントを得て、土木工法の蛇篭と組み合わせることで、ウナギと餌生物の生息場所を作る取り組みが行われます。

ウナギのための石倉は汽水域に設置するため、錆びない素材で作ったり、鳥に食べられないよう穴のサイズを調整したりといった工夫が行われました。

UTokyo Online Education シンポジウム「うな丼の未来II」 2014 望岡 典隆

石倉は2013年に鹿児島県南部を流れる川に設置され、モニタリングが行われました。設置から約1年が経った、講演直前のモニタリングでは、石倉から40個体のウナギとエビやカニなどの生物が確認されました。つまり石倉がこれらの生物の住処になったんですね~

UTokyo Online Education シンポジウム「うな丼の未来II」 2014 望岡 典隆

それまで難しかった汽水域のモニタリングですが、石倉を全国各地に設置し、モニタリングを行うことで、川の健康度を測る物差しにもなると望岡先生はおっしゃっています。

(その後、実際日本各地に石倉が設置されたようです、ぜひ調べてみてください!)

人工種苗量産への取り組み

続いて紹介するのは、人工的にウナギを量産する取り組みです。

まずは人工種苗量産の歴史を見てみましょう。

1996年にサメ卵飼料が考案されたことが、人工種苗量産に向けた大きな足掛かりになったそうです。その後サメ卵飼料が改良されてレプトセファルスまで飼育できるようになり、さらにシラスウナギまで飼育できるようになりました。

そして2010年、完全養殖に成功します。

UTokyo Online Education シンポジウム「うな丼の未来II」2014 田中 秀樹

とはいえ、完全養殖ができても、我々のもとに届くようになる大量生産とは全くの別物だそうで、量産には様々な課題があり、その後も研究が進められます。

UTokyo Online Education シンポジウム「うな丼の未来II」2014 田中 秀樹
UTokyo Online Education シンポジウム「うな丼の未来II」2014 田中 秀樹

詳しくは講演で紹介されているのでぜひ実際に見ていただきたいと思いますが、生物以外の分野の力も取り入れているのが一つの特徴だと言えるでしょう。

電子工学的な技術でウナギの成熟誘導ホルモンを利用して成長させたり、大量生産システムの実証事業で「工学等異分野の技術導入による種苗量産の問題点の解決」が挙げられていたりと工学とも強い関りがあるといえます。

そしてこれらの努力が結実し、冒頭で触れたように量産コストの低減に繋がったのですね。ここ10年の間にも様々な人が努力してきたのだということがよく分かり、尊敬の念に堪えません。

さて、講演の最後には「人工種苗の量産化はいつ頃できるのか」という疑問が挙げられます。

UTokyo Online Education シンポジウム「うな丼の未来II」2014 田中 秀樹

2024年現在も量産化・商品化には至っていませんが、講演当時からコストが大きく下がり実用化に近づいています。

完全養殖ウナギが我々の生活の一部になる日が来るかもしれないと思うと、今後の研究にも目が離せませんね。

うなぎを食べながら守るということ

さて、次はうなぎを販売する業界からのお話として、パルシステムの取り組みを紹介します。

パルシステムは生協の事業連合の一つで、1都9県食品をはじめ様々な生活用品の宅配を行っています。

UTokyo Online Education シンポジウム「うな丼の未来II」2014 高野 智沙登

消費者と生産者両方に寄り添うパルシステムは、土用丑の日の時期にキャンペーンを行い、単に値段を下げるだけではなく、取り扱ううなぎの良さや違いを伝えているそうです。

そんなパルシステムが扱っているのが、大隅地区養まん漁業協同組合のうなぎです。

UTokyo Online Education シンポジウム「うな丼の未来II」2014 高野 智沙登

パルシステムが大隅産うなぎを扱う理由の一つが、組合員の意見を反映することができる点にあります。

例えば、うなぎは匂いが気になることが多く、組合員からうなぎの匂いに対し様々な意見が寄せられました。それを受け、4回の匂い検査を実施するようになります。

また、パックのロット番号から生産者・養殖池がわかり、生産履歴を追うことができます。

このように、組合員が安心して食べられるよう、大隅産のうなぎが販売されているのです。

UTokyo Online Education シンポジウム「うな丼の未来II」2014 高野 智沙登

しかし、2013年にうなぎが絶滅危惧種に指定されると、組合員からはうなぎを食べていいのかという不安の声が寄せられます。

そこでパルシステムは水産庁や大学の研究者を招いて学習会を行い、資源回復に向け様々な取り組みを行います。

大隅地区養まん漁業協同組合と協力して資源回復協議会を設立し、支援金を集めたり、産地研修や試食学習会により、組合員や配送員に対してうなぎを取り巻く環境を伝える取り組みを行ってきたりしました。

中でも、7月のキャンペーンの売り上げの一部やパルシステムのポイントを利用したカンパによって集めた支援金は、初年度の2013年に717万円にも上りました。

UTokyo Online Education シンポジウム「うな丼の未来II」2014 高野 智沙登
UTokyo Online Education シンポジウム「うな丼の未来II」2014 高野 智沙登
UTokyo Online Education シンポジウム「うな丼の未来II」2014 高野 智沙登

小売り・流通業界としては、商品管理を徹底できる、あるいはそこに前向きに取り組める産地と提携し、販売量をコントロールしたり、適正価格で販売することで薄利多売を避けたりすることが重要なんだそうです。

UTokyo Online Education シンポジウム「うな丼の未来II」2014 高野 智沙登

講演ではパルシステムの取り組みや大隅地区養まん漁業協同組合との深い関係性についてより詳しく紹介されているので、ぜひご覧ください。東日本大震災にもその関係性が活かされた話は、個人的に興味深かったです。

ウナギの資源管理について

最後に、行政の取り組みとして水産庁による資源管理について簡単に紹介します。

同じく貴重な水産資源であるマグロは、国連海洋法上、関係国が共同で管理することが義務付けられているのに対し、ウナギは生息国が管理責任を負っています。

UTokyo Online Education シンポジウム「うな丼の未来II」2014 太田 愼吾
UTokyo Online Education シンポジウム「うな丼の未来II」2014 太田 愼吾

国内における資源管理としては、まずは稚魚であるシラスウナギの採捕の管理が重要です。採捕期間の短縮や採捕数の上限の設定が行われたり、採捕量や出荷数量の報告が義務付けられたりして、シラスウナギの管理が行われています。

UTokyo Online Education シンポジウム「うな丼の未来II」2014 太田 愼吾

また、養殖業の管理では、内水面漁業振興法に基づく指定養殖業許可制度の導入などが行われました。これは簡単に言えば、それまで私有地で行われる養鰻事業に対しては制限をするのが難しかったのを、指定養殖業とすることで、私有地で行う場合も許可がいるようにし、管理しやすくしたということです。

UTokyo Online Education シンポジウム「うな丼の未来II」2014 太田 愼吾

また、国際的な資源管理も重要となります。こちらについてはぜひ、講演を実際に聞いてみてください。

おわりに

さて、今回は研究者、小売り・流通、行政など様々な立場による、ウナギを守るための取り組みが説明された講演をご紹介しました。大学の先生だけでなく、こうした様々な視点での講演を聞くことができるのも、東大TVの良いところですね。

また、冒頭でも紹介したように、このシンポジウムは2014年に行われたもので、そこから10年たった現在では、完全養殖のコストが大きく削減されるなど、変わっていることもあります。ぜひ講演で紹介されている取り組みがその後どうなったのか、ご自身で調べてみてはいかがでしょうか。こうした変化を学ぶきっかけになるのも東大TVの良いところです。

このシンポジウムでは今回紹介した4つの講演以外にも、様々な立場の方からのお話を聞くことができます。

ぜひ、日本のウナギについて学び、考える機会にしてみてください。

<文/おおさわ(東京大学学生サポーター)>

今回紹介した講義:シンポジウム「うな丼の未来II」

●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。

2024/07/10

以前、東京大学地震研究所の纐纈(こうけつ)先生による、地震研究・地震観測の講義についての記事をお届けしました。

東大TVでは、他にも、地震研究所の動画をたくさん視聴することができます。

それらの多くは東京大学の地震研究所のYouTubeチャンネルから提供されているのですが、とても充実していて、地震研究に馴染みのない初心者でも理解できる分かりやすい説明動画がアップされています。

https://www.youtube.com/@earthquakeresearchinstitut9603/featured

今回は、中でも、東大TVで「高校生のための東京大学オープンキャンパス」として公開している、短い動画を選んでご紹介します。

2020年度 高校生のための東京大学オープンキャンパス
Waves from the underground:地震観測について

地震研究所の活動紹介をするPR動画です。

ドローンでの空撮やBGMがハリウッド映画みたいで、かっこよすぎるので思わず見惚れて引き込まれてしまいます。

地震が起きると、我々はニュースなどでたくさんの情報を目にします。

その情報源となる地震の観測や研究は、実際にはどのように行われているのでしょうか。

この動画では、大きな地震が発生した後の余震観測を行う様子を例に挙げて紹介しています。

機材の準備・搬出・地震計の設置・データを取る様子など、我々が目にする機会がない貴重な場面の連続です。

また、研究・観測だけでなく、独自の機器の開発やメンテナンスを担う技術者の方々の様子も。

UTokyo Online Education Waves from the underground:地震観測について Copyright 2020, 加藤 尚之、芹澤 正人、佐伯 綾香
UTokyo Online Education Waves from the underground:地震観測について Copyright 2020, 加藤 尚之、芹澤 正人、佐伯 綾香
UTokyo Online Education Waves from the underground:地震観測について Copyright 2020, 加藤 尚之、芹澤 正人、佐伯 綾香
UTokyo Online Education Waves from the underground:地震観測について Copyright 2020, 加藤 尚之、芹澤 正人、佐伯 綾香
UTokyo Online Education Waves from the underground:地震観測について Copyright 2020, 加藤 尚之、芹澤 正人、佐伯 綾香
UTokyo Online Education Waves from the underground:地震観測について Copyright 2020, 加藤 尚之、芹澤 正人、佐伯 綾香
UTokyo Online Education Waves from the underground:地震観測について Copyright 2020, 加藤 尚之、芹澤 正人、佐伯 綾香
UTokyo Online Education Waves from the underground:地震観測について Copyright 2020, 加藤 尚之、芹澤 正人、佐伯 綾香
UTokyo Online Education Waves from the underground:地震観測について Copyright 2020, 加藤 尚之、芹澤 正人、佐伯 綾香
UTokyo Online Education Waves from the underground:地震観測について Copyright 2020, 加藤 尚之、芹澤 正人、佐伯 綾香
UTokyo Online Education Waves from the underground:地震観測について Copyright 2020, 加藤 尚之、芹澤 正人、佐伯 綾香

とにかく、かっこいいです。

2020年度 高校生のための東京大学オープンキャンパス
学生実験① 津波実験

学生さんたちが、津波を発生させる装置を使った実験を見せてくださる、デモンストレーションの動画です。

普段、私たちが海に行くと目にしている海面の「波」と、大きな「津波」とでは、どういった点が違うのでしょうか。

それは、波が起きている深さに関係があります。

UTokyo Online Education 学生実験①津波実験 Copyright 2020

実験では、このような水槽に水を張った装置を使用して、波の動きを再現します。

UTokyo Online Education 学生実験①津波実験 Copyright 2020

画像右側のように足を踏み込むと(①)、左側の水槽に波が発生します(②)。

UTokyo Online Education 学生実験①津波実験 Copyright 2020

深いところから揺さぶられるような波長の長い波が発生し、海底に立っていた人形が揺られて倒れ始めました。

UTokyo Online Education 学生実験①津波実験 Copyright 2020

現実に津波が起きる要因は様々です。

UTokyo Online Education 学生実験①津波実験 Copyright 2020

津波は、発生したところから、海岸に近付いてくるに従って減速しますが、それでも人間の足で逃げられない速さでやってきます。

また、地形の影響でさらに波が高くなることもあるようです。

やはり、急いで高い所に逃げることが重要ですね。

UTokyo Online Education 学生実験①津波実験 Copyright 2020
UTokyo Online Education 学生実験①津波実験 Copyright 2020

実際の津波の高さは、「潮位計」や「海底水圧計」というもので測っているそうです。

動画では、その実際のモニターの様子も見せてくれますよ。

UTokyo Online Education 学生実験①津波実験 Copyright 2020
UTokyo Online Education 学生実験①津波実験 Copyright 2020

2020年度 高校生のための東京大学オープンキャンパス
学生実験② バネブロック実験

こちらも、大学院生のみなさんによるプレゼンテーションと実験のデモンストレーションです。

さて、普段、ニュースで聞く「震度いくつ、マグニチュードいくつ」という数字ですが、「マグニチュード」とは何でしょうか?

マグニチュードの大きさは、地震の大きさ(規模)です。

UTokyo Online Education 学生実験②バネブロック実験 Copyright 2020

小さな地震は世界中で(我々が気付かない間にも)頻繁に起きているようです。

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このような地震を観測したいとき、実際に地震を起こして観測・研究をすることはできません。

そこで、似ている要素を持たせた装置で代用し、擬似的に現象を再現します。

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ここでは、ベルトコンベアを海洋プレートに見立て、その上に、バネが付いたブロックを並べた実験装置を使用します。

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ベルトコンベアは、画面の向かって左に流れて行きます。

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すると、ベルトコンベアに接地して乗っかっているブロックは、当然、一緒に左に流れて行きます。

伴って、ブロックに繋がったバネは、伸びます。

バネが戻ろうとする力が働き、「もうこれ以上はそっちに行けないよ」というところで耐えきれなくなると、バネがビヨンと戻り、ブロックはベルトコンベアの上を滑って、元の位置に引き戻されます。

この、「ビヨン、とブロックが元に戻る動き」が、地震の発生を表しているのです!

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実際の様子は動画を見ていただけるとよくお分かりになると思いますが、ブロックは、ベルトコンベアが動き出した最初は、みんな一様にゆっくりと左に流れてゆくのに対し、戻る時の動きが、予想よりも結構ランダムです。

突如1個のブロックだけが戻ったり、しばらく1つも戻らない時間が続いたり、複数のブロックが同時に戻ったり。

そして、これこそが、地震の発生のしかたを表しているのだと言います。

ブロックの数の差異は、小さな地震と大きな地震の違いを再現しているわけです。

地震は、いつも同じ大きさで起きるわけではなく、発生する間隔も規則正しくないため、予測が困難だと言えるのです。

さて、さらなるプロフェッショナルな実験の説明や、参加者の質問への回答は、ぜひ動画でご覧ください。

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学生さんたちの説明や仕切りが大変軽快で、とても楽しく見られました。

高校生のみなさんにとっては、まさに憧れの先輩方ですね!

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2021年度 高校生のための東京大学オープンキャンパス
身近なもので出来る地震の実験!-地震の波の話-

この動画では、100円均一ショップで買った物や牛乳パックなど、身近な物で作れる実験装置を見せてくださるそうですよ。

UTokyo Online Education Waves from the underground:身近なもので出来る地震の実験!-地震の波の話- Copyright 2021, 藤垣 裕子、大澤 裕、山岨 達也、染谷 隆夫、納富 信留、星野 真弘、高橋 伸一郎、古澤 泰治、小島 武仁、山口 慎太郎、城山 智子、新宅 純二郎、大石 和欣、小玉 重夫、小野 裕太、野村 萌衣、菅田 利佳、安保 友里加、吉本 遼平、船津 高志

まず1つ目の実験は、地震の揺れの伝わり方を可視化する実験です。

ここで、地震の揺れについて、確認しておきましょう。

1つの地震が起きると、大きく分けて2種類の地震波「P波」と「S波」が発生します。

P波は縦波で、地震発生時に最初に伝わる小さな「初期微動」です。

S波は横波で、波長が長いためにP波よりも遅れて伝わる、強い揺れのことです。

この2つの波が伝わる時間差が、緊急地震速報のメカニズムの鍵となっています。

まずは、地震計が一足先に伝わってくるP波をキャッチします。

それを元に、地震の規模・発生時刻などを予測した緊急地震速報が出されます。

次に、少しの時間を置いて、実際に我々が感じ取るような揺れ、すなわちS波がやって来るというわけです。

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それでは、実験装置を見てみましょう。

おもりが紐で吊るされていて、バネで繋がれているこの装置を使って、2つの波の種類の違いを可視化することができるそうです。

おもりの列は地面を表しています。

これらのおもりを画面右から揺らすと、揺れは画面右から左へ伝わり、戻って来ます。

本当の地面で起きる地震の揺れは四方八方に揺れが伝わるものですが、この装置では一直線の方向だけを再現します。

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まずは、S波の波の動きの再現を見てみましょう。

画面右端のおもりを、画面奥と手前の方向にグラグラとスイングさせると、その動きはゆっくりと画面左に向かって連鎖し、おもりの列はS字のウェーブを描くように緩やかに波打ちます。

その波は左に突き当たると、画面右に折り返して来ます。

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それでは次に、P波の再現を見てみましょう。

画面右端のおもりを隣のおもりにぶつけるように動かすと、玉突き事故のように左に力が伝わり、おもりがどんどん左にぶつかっては戻ります。

その動きは、画面左にまで到達すると、画面右に向かってまた折り返して来ます。

おもりとおもりの間のバネが元に戻ろうとする力が直接作用して、さきほどの緩やかなカーブを描く揺れと比べ、小さな振動が力が速く伝わります。

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同じ装置を、100円ショップで買ってきた物で作ることができるそうです。

ぜひ、みなさんもやってみてください!

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文章で書かれているだけでは実際のおもりの動きをイメージしづらいと思いますので、ぜひ動画をご覧ください!

そして、動画の後半では、牛乳パックで作る地震計を紹介しています。

こちらも、ぜひ動画で続きをお楽しみください。

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2021年度 高校生のための東京大学オープンキャンパス
学生実験:火山噴火実験

大学院生のゼミ生のみなさんによる実験です。

この動画では、火山の噴火を再現してくださっています。

皆さんは、噴火には何種類かあるのをご存知でしょうか。

溶岩が流れ出すものや、飛沫をあげて噴出するものなど、様々なスタイルがあります。

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さて、まずは、火山の模型が用意されています。

次に、水飴に重曹を混ぜたもの、そして水飴にクエン酸を混ぜたものを用意します。

これら2つを混ぜると……?

化学反応を起こし、二酸化炭素が発生します。

この二酸化炭素の泡が水飴を押し上げて来る様子を、模型上で、噴火に見立てます。

ちょっと楽しそうです。

どうなるのか、ワクワクしますね。

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実は、1つの噴火の中でも、その経過の中で、様相が変化することがあります。

まずは、二酸化炭素のガスが溜まって膨張して、中の圧力が高まり、耐えきれなくなって、シリコン栓が飛びます。

これは、噴火の始まり——「ブルカノ式噴火」です。

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次に、溶岩が勢いよく流れ出しますが、これはキラウェア火山などで見られる「ハワイ式噴火」の様子と同じです。

そして、だんだんと、泡が沸々と出て来て、飛沫を上げ始め、これは「ストロンボリ式噴火」と同じ様子と言えます。

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火山は、一見、表面では静かに見えていても、中で何が起きているか分からないものです。

様々な観測から得られたデータは、噴火の規模を見極めたり、予測したりすることに役立てられます。

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おわりに

さて、今回は、いくつもの短い動画の紹介をさせていただきました。

こんな風に、様々な身近なものに置き換えたり、分かりやすい例えを使ったり、我々にも理解できるように、多くの工夫をしてくださっている地震研究所の皆さんに、盛大な拍手です。

とはいえ、研究所の皆さんは、普段はもっと本格的な機器やデータを使って、地震の観測や情報の周知に取り組んでいらっしゃいます。

日頃、我々がお世話になっているニュースの情報や緊急地震速報も、こういった大変な研究・調査に支えられているのですね。

もし、高校生の方や学部生の方がお読みになっていたら、ぜひ、進路選択のご参考に、地震研究所のチャンネルをご覧になってみてください。

素敵な先生方・先輩方が活躍する姿を見ることができますよ!

<文・加藤なほ>

今回紹介した講義:高校生のための東京大学オープンキャンパス 2020

●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。

2024/07/04

突然ですが、「日本のホラー映画」にはどのような特徴があると思いますか?

「ジャパニーズホラー」という言葉も存在しているように、日本で作られたホラー映画は例えばハリウッドで作られたものと比べて、何か特徴的な点があるように感じないでしょうか。

同じ「ホラー映画」というカテゴリーでも、私はなんとなく日本のホラー映画にはじめじめとした暗いイメージがあり、反対に、ハリウッドのものにはこちらに物理的な暴力を振るってくるような怪物や怪人が登場するイメージがあります。

こうしたイメージの違いについて考えたとき、私たちはホラー映画の何を、どのように怖いと感じているのか、さらにはそもそも映画を見ているときの私たちはどのような状態にあるのだろうかという大きな謎が立ちはだかってくるように思います。

今回紹介するのは、総合文化研究科で映画研究を専門としている竹峰義和先生が2018年の駒場祭公開講座にて行った講義です。日本のホラー映画の金字塔『リング』を題材としながら、「映画を観る」という行為、現象を広く探求する「映像文化論」の興味深い世界に足を踏み入れてみましょう。

映画を観るということ

そもそも、映画を観ているときの私たちはどのような状態にあるのでしょうか。

まず、私たちは映画が上映されている間、自分の席から動くことができません。映画館の座席に座っている私たちにとって、暗闇の中で唯一見ることが可能なのはスクリーンに表示される映像だけです。自宅で観ている場合は動いたり他のものに視線を移したりすることもできますが、映像に多くの注意を割いているという点では映画館で観るのと変わりありません。

そうであるとき、映画では、動けない観客のまなざしの代わりにカメラが動いて様々な映像を示していると考えられるのではないか、と竹峰先生は言います。つまり、観客の視線とはカメラの視線なのです。

しかし、日々私たちが向けている視線とカメラによって作られる視線を比べてみると、そうしたカメラの視線とはとても不自然なものに思えてきます。例えば、様々な視線で撮られた映像が複雑につなぎ合わされていたり、人間がその位置からまなざすことが不可能な、「神の視点」による映像は、カメラを用いなくては存在することのない視線ではないでしょうか。

にもかかわらず、私たちはそうした「不自然」なカメラのまなざしを、極めて「自然」なものとして受け取っています。ひとつのカメラの視点がずっと続いていくような、例えば『カメラを止めるな!』にあるようなワンカット長回しの映画は、むしろ珍しいと感じると思います。

では、なぜ本来「不自然」に思えるカメラのまなざしを、私たちは「自然」に受け入れられるのでしょうか?

UTokyo Online Education なぜ貞子は怖いのか:映像文化論への招待 Copyright 2018, 竹峰 義和

そこには、映画というものが発展してきた歴史が関係しているのです。

映画は1895年、リュミエール兄弟がシネマトグラフを発明して以来、フランスを中心に栄えた文化です。しかし、第一次世界大戦でフランスが甚大な被害を受けてしまったことで、目立った被害のなかったアメリカ、なかでもハリウッドが映画の覇権を握ることになります。

ハリウッドはさまざまな映画のテクニックを発明しました。「ハリウッド古典様式」と呼ばれるそれらの技法は、わかりやすく展開するストーリーや異なるカメラの視点をなめらかに繋げる編集の仕方など、現代にまで引き継がれることとなる映画における基本的なルールでした。

UTokyo Online Education なぜ貞子は怖いのか:映像文化論への招待 Copyright 2018, 竹峰 義和

ハリウッドから始まり、広がっていった様式をもとにして、私たちの映画の見方は作り上げられていったのです。

このように、私たちは人工的に発明された映画のルールに慣れきっているために、よくよく考えてみると「不自然」なカメラのまなざしを、「自然」だと感じているのです。

映画観客の「まなざし」

 映画が持つ特徴について、もう少し掘り下げてみましょう。

先ほども少し触れましたが、映画とは観客の「視覚」、つまり「見ること」を中心とするメディアです。現在は4DXのような映画鑑賞の形も生まれましたが、基本的には視覚が最も優位に働く感覚であり、聴覚も映画では視覚に従属する立場になります。トーキー映画が作られるまで、そもそも映画に音声はついていなかったですよね。

こうしたことから、映画においては観客のまなざしというものが、とても大きな存在であることがわかります。私たちは映画を観るとき、ある意味ではその映画の中の世界を我々の世界から「覗き見」しているような状態にあるのです。たとえそれがどんなに残酷なシーンでも、普通なら第三者が見てはいけないようなプライベートなシーンでも、私たちは特権的にそれを「窃視」することができます。映画を観るという体験の悦びには、そうした「見ること」に関わるある意味「覗き見」的な快楽が伴っているというのです。 

近代における「権力」と「視線」

 こうした「見ること」を中心とする芸術文化は、映画が誕生した近代という時代の流れと密接に関わっています。少し映画から離れて、映画が誕生し普及していった時代の流れを追っていきましょう。

そもそも、「見る」という行為は権力と切っても切り離せない関係にありました。例えば、太陽に届かんばかりにそそり立つエジプトのピラミッドや、ポリス一帯を見渡せる丘の上に建てられた古代ギリシアの神殿のことを想像してみてください。古代から、見るものと見られるものとの間にある非対称的な関係は、神の視線の象徴として、見るものの権力を示すものでした。

そうした歴史を踏まえ、近代という時代はその「見ること」の権力が徐々に民主化していく時代だと、竹峰先生は説明します。

例えば、ルネサンス期に発明され発展していく空気遠近法は、一つの消失点に向かって伸びていく直線によって空間を構成する技術で、それはまるで私たちの視野そのものであるかのような絵を描くことを可能にしました。

ここで、先ほどの「ハリウッド古典様式」のことを思い出してください。遠近法の描き方に慣れた私たちはもはや違和感を覚えることはありませんが、改めて考えると、三次元の空間を無理矢理二次元の平面に置き換えて描こうとしているわけですから、遠近法という画法も、「不自然」なものを「自然」に見えるようにした人為的な「様式」であることがわかります。

遠近法によって描かれた絵を前にして、私たちは自らの存在を相手に見られることなく、自らの視線で対象を見つめることができます。かつては権力者しか許されなかった「対象への一方的なまなざし」が誰にとっても可能なものになっていく、というのが近代という時代だったのです。

UTokyo Online Education なぜ貞子は怖いのか:映像文化論への招待 Copyright 2018, 竹峰 義和

ここで、18世紀末に作られた「パノラマ」という建物を見てみましょう。巨大な筒状の建物の内壁に、大自然の光景などのスペクタクルが描かれています。当時の人々は、この建物を登りながら壁に映るそのリアルな景色を楽しんでいました。「パノラマ」は映画の普及とともに廃れていったといいますが、権力性を持った視線が民主化していく過渡期にあった発明品として、遠近法とともに位置付けることができます。

しかし、「視線の民主化」は、民衆にとって良い結果だけをもたらしたというわけではなかったのです。「パノラマ」と同時期に発明されたのがパノプティコンでした。哲学者のジェレミ・ベンサムによって考案された監獄の一種ですが、20世紀後半になってからミシェル・フーコーが『監獄の誕生』で紹介したことで知っている方も多いと思います。

UTokyo Online Education なぜ貞子は怖いのか:映像文化論への招待 Copyright 2018, 竹峰 義和

パノプティコンは、円形に配置された独房から中心の看守室までがそれぞれ独立に繋がった形をした監獄であり、一つの看守室からすべての独房を見渡すことができるため、効率的な監視が可能であることが特徴でした。

このパノプティコンですが、実はパノラマと同じ構造をしていることに気づかれたでしょうか。

パノラマにおいて壁に描かれた景色を楽しむ人々は、パノプティコンにおいては囚人を特権的に監視する看守と同じ立場にあります。そして、パノラマに描かれ楽しまれる景色は、一方的に自らの存在を監視される囚人と同じ立場にあるのです。

このことは、「まなざし」が民主化されることによって、「見る主体」である私たちが、それと同時に「見られる客体」にもなり得るということを示しています。

近代という時代は、「一方的に見る」こと、それと同時に「一方的に見られる」ことが当たり前になった時代だと言えます。このことは、現代社会ではより顕著になっているのではないでしょうか。インターネットにおいて私たちは「視聴者」であると同時に「発信者」でもあり、匿名の壁に守られながら一方的に中傷することもできれば、ふとしたきっかけからネットリンチの被害者になる可能性にも晒されています。

『リング』の怖さと視線

さて、遠回りをしながら映画の歴史とそれが生み出された近代という時代背景を振り返ってきましたが、ここで、今回のテーマである『リング』について考えてみましょう。

映画『リング』は、それを見ると一週間以内に死んでしまうという「呪いのビデオ」の謎を追う物語です。物語が進行していく中で、「呪いのビデオ」を生み出したのが山村貞子という怨霊であることが判明するのですが、貞子による登場人物への干渉の仕方にこそ、『リング』という映画の怖さがあるというのです。

ここで、竹峰先生は、ハリウッドのモンスターとジャパニーズホラーに登場する幽霊の特徴の違いを次のようにまとめます。

ハリウッドのモンスターは基本的に物理的な存在であり、多くの場合部分的あるいは擬似的な身体を持っています。そのため私たちが感じる「怖さ」とは、強大なエネルギーを持つモンスターによる暴力への恐怖だと考えられます。しかし、そうであるからこそ、それらは物理的に撃退可能な存在でもあるわけです。

対して日本の幽霊の特徴は、物理的な暴力にあまり頼ることがなく、基本的にはただそこにいるだけです。身体に直接的な暴力を働きかけるわけではなく、ただそこにいて、私たちを見つめてくることが恐怖を与えるのです。

つまり、重要になってくるのは貞子が我々に向けるまなざしとはどのようなものか、ということです。作中において、ほとんどの場合人々は貞子と直接相対するわけではなく、貞子の存在をVHSや無言電話、鏡の反射などの様々なメディアから間接的に知覚することになります。そこでは私たちは、貞子が向けるまなざしを人間のまなざしとしてではなく、機械のまなざしとして受け止めるのです。それは、人間ではないもの、理解不可能なもの、どこまでも正体のわからないものです。

また、『リング』の映像の特徴として、先ほど紹介した「ハリウッド様式」のような映画のルールを意図的に無視していることが挙げられます。ストーリーには必要のなさそうな映像が挿入され、滑らかな進行が阻害されます。このとき、私たちが慣れ切ってしまった「自然」な映像のルールが破られ、そこにおいて私たち観客はその「自然」なルールが、人為的な制度にすぎなかったことに気付かされるのです。人為的なルールを剥ぎ取ったその裏には、不自然なまま整えられることのない、「映像」という技術の剥き出しの「不気味さ」がこちらをのぞいています。

かつてカメラが日本に普及し始めたとき、「カメラに撮られると魂が抜かれる」というような言説が囁かれていたのを知っている方も多いと思います。これは未知のテクノロジーという正体不明なものへの生理的な恐怖だと言えますが、現代を生きる私たちにとって、映像それ自体に対する恐怖を意識することなど通常はありません。

しかし、私たちは貞子が向けるまなざしによって、普段は無意識の下に隠されている、人間ではないものへの恐怖、すなわちテクノロジーに対する潜在的な恐怖が暴露されたのだと考えられるのです。

もうひとつの論点を紹介します。『リング』を見たことがなくても、ビデオの中の貞子がブラウン管テレビを飛び出して襲いかかってくるシーンだけは知っているという方も多いのではないでしょうか。

ここで、先ほど見てきた「権力としてのまなざし」を思い返してください。近代において、「見る主体」である私たちは同時に「見られる客体」になってしまうリスクも抱えているのでした。

『リング』で最も印象的かつ恐ろしいこのシーンでは、「ビデオに映る貞子」という「客体」と、「一方的にビデオを見る登場人物たち」、さらに「特権的に映画を見る私たち観客」という「主体」の構造が逆転し、私たちが貞子によって「見られる存在」になってしまうのです。

私たちが無意識のうちに安住していた視線のヒエラルキーが揺さぶられ、「客体」へと落とされてしまうということへの恐怖を、「ビデオから飛び出す貞子」を通して感じているのではないでしょうか。

まとめ

 以上、なぜ私たちは『リング』に代表される日本的ホラー映画の演出に恐怖を感じるのかという疑問について考えてきました。

私たちは『リング』の映像を通して、「テクノロジーに対する潜在的恐怖」、そして「まなざしの反転への恐怖」を感じるために、貞子の存在をここまで恐ろしいものとして受け止めるのです。そして、このような恐怖の体験は「映画」という形式の制度的な性質を逆に利用することによって引き起こされています。

『リング』から20年以上経過した現代においても、「ホラー」体験を求める人々の熱量は変わっておらず、ますます多様な形のホラー作品が生まれ続けています。ホラー作品が好きな人もそうでない人も、今回の講義の内容を踏まえれば、より深い視点からホラーや映像を楽しむことができるのではないでしょうか。

駒場祭公開講座

今回紹介させていただいた講義は、2018年の駒場祭にて開催された公開講座で実施されたものです。

東大TVでは過去の公開講座の模様を公開しておりますので、興味のある講義があればぜひご覧ください。

<文/中村匡希(東京大学学生サポーター)>

今回紹介した講義:駒場祭公開講座 2018 なぜ貞子は怖いのか:映像文化論への招待 竹峰義和先生

●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。

2024/05/13

現在、NHK「連続テレビ小説」では、日本で初めて法曹界に入った女性を主人公とするドラマが放送されています。

主人公とその友人たちが、法学部で圧倒的少数派の女子学生として苦戦する姿が話題となり、注目を集めています。

さて、現代の大学はどうでしょうか?

近年、「世界的に見て、東京大学に女子が少ない」「理系学部の女子が少ない」というトピックは、世間でも話題になっています。

実際に、東京大学の学生の男女比はどのぐらいなのでしょうか?

令和2年度5月1日時点の学生は、およそ20%が女性、残り80%が男性とのこと。(教員の比率もほぼ同様です。)

これは解消すべき問題であると、農学部男女共同参画推進室の田野井先生は語ります。

UTokyo Online Education 講演:農学系女子最前線 Copyright 2020, 三吉 翔子、小林 紫緒、長山 美由貴

しかし、農学部においては、女子学生の割合は、他の理系学部と比較して、少し高くなるとのこと。

今回ご紹介するのは、オープンキャンパスにて、農学部が女子中学生・女子高校生に向けて開催した講義「講演:農学系女子最前線 〜農学部って何を学ぶところ? 卒業後はどんな仕事に就くの?~」です。

かつて東京大学の農学部で実際に学んだ女性の卒業生が登壇し、ご自身の研究分野・卒業後の進路などを紹介します。

皆さん、それぞれ、かなり具体的な体験談を話してくださるので、これから進学を考える人にとっては、とても参考になることでしょう。

(もちろん、女性以外の方にも楽しんでいただける内容となっております!)

農学部とは?

まずは、田野井先生による農学部全体の紹介です。

農学は、生産・生物・環境・水産・森林・生物材料科学・獣医学・食品など、実に幅広い分野を有しており、非常に面白い学問です。

まだはっきりとやりたいことを絞り切れていない人、広く様々な範囲を学びたい人にも、とても向いている学部です。

UTokyo Online Education 講演:農学系女子最前線 Copyright 2020, 三吉 翔子、小林 紫緒、長山 美由貴

特に、東京大学の農学部は東日本を中心に演習林など多彩なフィールドを所有しており、それも魅力の一つとなっています。

UTokyo Online Education 講演:農学系女子最前線 Copyright 2020, 三吉 翔子、小林 紫緒、長山 美由貴

ちなみに、就職・大学院への進学に関しては、統計上は男女差はほとんどないようです。

つまり、女子の皆さんも、入ってしまえば怖くない、ということが言えるかもしれません!

UTokyo Online Education 講演:農学系女子最前線 Copyright 2020, 三吉 翔子、小林 紫緒、長山 美由貴

続いては、登壇者の皆さんのプレゼンテーションです。

皆さん、三者三様のご経歴です。

特許庁 三吉さん

三吉さんが学生時代に農学部を選択したのは、なんでも幅広くいろんなものを学べるところに魅力を感じたから。

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学部の授業では、実験の基礎をしっかりと学ぶことができました。

そして、食品科学研究室での研究を通し、もっと研究したいと思うようになり、大学院の修士課程に進みました。

UTokyo Online Education 講演:農学系女子最前線 Copyright 2020, 三吉 翔子、小林 紫緒、長山 美由貴

卒業後は、特許庁へ。

農学とは全く違う分野で、法律や語学の学習が必要となりましたが、特許は技術・産業の発展に関わる大事なお仕事で、いつも最先端の技術に触れられる、「研究」にとても近しい世界なのです。

そして、省庁の中では珍しく、女性にとって働きやすい、「ホワイト企業ランキング」トップ10に入る職場だそうです。

UTokyo Online Education 講演:農学系女子最前線 Copyright 2020, 三吉 翔子、小林 紫緒、長山 美由貴

第一三共株式会社 小林さん

自称「Twitter廃人」の小林さんは、東日本大震災の際、旧Twitter(現X)上で放射能に関するデマが蔓延したり、デマと戦う研究者たちが登場したりするのを目の当たりにして、科学に興味を抱いたそうです。

学生時代は、植物の耐塩性機構の研究をしていました。

通常、塩分の多い土では植物は育たない、または枯れてしまうと考えられますが、ハルビンの塩分を多く含んだ土地では、青々と育つ草原が見られるそうです。

それらの植物は、一体どうやってその土地で育っているのか。

在学中に、その謎の全てを解明することはできなかったそうです。

いつか、これを読んでいる皆さんの中から、東大の農学部でこの謎を解明する人が出て来るかもしれません。

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就活では、博士課程での粘り強さが評価され、現在では、薬品会社で医薬品の有効成分を探す研究をしています。

薬の有効成分は、1人の研究者が生涯に1つ見付けられるかどうか、といった大変難しい分野です。

粘り強さが必要だというのも頷けます。

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小林さんのお話には、パンチのある名言が盛りだくさんで、もう既に大人になった皆さんの心にも響くものばかりでした。

  • 好きなことを一日中勉強できる身分って基本的に大学生だけ
  • 就職は、運
  • アカデミアに残るのはプロ野球選手になるようなもの
  • いろんな人がいろんなアドバイスを言うが、自分で責任をとる
  • SNSや(研究所や博物館主催の)イベントで、実際に研究者に出会おう!
UTokyo Online Education 講演:農学系女子最前線 Copyright 2020, 三吉 翔子、小林 紫緒、長山 美由貴
UTokyo Online Education 講演:農学系女子最前線 Copyright 2020, 三吉 翔子、小林 紫緒、長山 美由貴
UTokyo Online Education 講演:農学系女子最前線 Copyright 2020, 三吉 翔子、小林 紫緒、長山 美由貴

経済産業省 長山さん

最後に、3人の中では最も社会人経験が長い、長山さん。

出産や子育ても経験されています。

長山さんは、子どもの頃から地球温暖化や酸性雨などの環境問題に興味を持っていました。

理系の中でも、実験器具などを扱う細かい作業より、フィールドに出てみたいと考え、農学部に。

UTokyo Online Education 講演:農学系女子最前線 Copyright 2020, 三吉 翔子、小林 紫緒、長山 美由貴

就職後に修士号を取り、現在は環境分野の政策など、政府全体の戦略作りをされています。

もしかしたら、お三方の中で、最も「在学中の研究分野に近い分野のお仕事に就いた方」と言えるかもしれません。

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高校時代のお話は、首都圏ではない地域から東大の受験を考えている方の参考になるでしょう。

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後半はみんなで座談会

後半は、現役の女子学生も加わり、斎藤幸恵先生の進行で座談会が行われます。

研究の動機、進路選択の経緯など、テーマに沿って実体験を語ってくださいます。

参加した中高生からの質問にお答えする時間もあります。

  • 高校は女子校だった? 共学だった?
  • どうして理系を選んだの?
  • アルバイトなどをする時間はある?
  • 地方からの女子の東大受験はどんな感じ?
  • 数学や物理が苦手でも農学部に入れる?

皆さんのバラエティ豊かな回答など、詳細は、ぜひ動画でお聞きになってください!

まとめ

全編を通して見て、筆者が抱いた感想です。

この講義は、これから進路選択をする中高生にとってはもちろんのことですが、就活や大学院への進学を控えている学生、転職や学び直しを考えている大人など、全ての方にとって刺激・励みになる言葉の宝庫だと感じました。

  • 決して、学部や院で学んだこと100%をその先の進路で活かし切る必要はないのだということ
  • 人の人生は流動的で、その時その時の選択で、居場所や興味関心が変わっていくものだということ
  • 経験したことは何も無駄にはならないということ

そんなメッセージが詰まっていました。

そして、全く関係ない私も、今から農学部に入りたくなってしまうほど、楽しそうだなぁと感じました。

UTokyo Online Education 講演:農学系女子最前線 Copyright 2020, 三吉 翔子、小林 紫緒、長山 美由貴

これからは、農学・理系学問を学ぶ女性が、もっともっと増えていくことでしょう!

そこのあなたが、明日の農学部学生かもしれません!

UTokyo Online Education 講演:農学系女子最前線 Copyright 2020, 三吉 翔子、小林 紫緒、長山 美由貴

さて、改めまして、今回の講義タイトルは、「講演:農学系女子最前線」です。

実際の動画は、オンライン開催した講義の録画であるため、(ウェブ会議システムの性質として)一部、音声が途切れ途切れになっている箇所・音声が歪んで聞き取りにくい箇所・登壇者の映像が固まって見える箇所がありますので、予めご了承ください。

そして、こちらの講演会は、2020年度「高校生のための東京大学オープンキャンパス」の一部です。

このページには、農学部の他の模擬授業や説明会などが複数掲載されていますので、ご興味を持たれた方は、ぜひ併せてご覧ください!

また、かつてUTokyo OCWの動画紹介コラム「だいふくちゃん通信」では、なぜ理系に女性が少ないのかというテーマの記事をお届けしました。

関連記事として、ご興味のある方におすすめいたします。

<文・加藤なほ>

今回紹介した講義:高校生のための東京大学オープンキャンパス 講演:農学系女子最前線 三吉翔子先生、小林紫緒先生、長山美由貴先生

●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。

2024/04/05

先日、東京駅付近にある、KITTE丸の内の「インターメディアテク(IMT)」に遊びに行ってみました。
IMTは、日本郵便株式会社と東京大学総合研究博物館が協働で運営している展示室です。
骨格標本や剥製などがおしゃれに展示されていて、無料で見学できるので、東京駅にご用事のある方は、ぜひ足を運んでみてください。

 インターメディアテク

さて、IMTのミュージアムショップには、東京大学が提供する書籍やおみやげ品など、興味深いものがたくさん置かれています。
その中の一つに、東京大学地震研究所が東京カートグラフィック社と共同製作した、世界震源地図を立体に組み立てられるペーパークラフトの地球儀が売っていました。

 世界震源地図(英)とペンタグローブのデータを更新

この地球儀の上では、震源地が大小の赤い丸で示されています。
ためしに日本を見てみると、丸で埋め尽くされて真っ赤っかで、輪郭が見えなくなっているほどでした。
同様に赤い丸が密集している他の地域を指で辿ってみると、たしかに、大地震や火山噴火のニュースでその名を見聞きしたことがある地域ばかり。
赤い丸は海や陸の上で線状に繋がっており、プレート境界の存在をひしひしと感じました。

とてもおしゃれなグッズで、大変勉強になりましたが、少し恐ろしい気持ちにもなってきました。
どうしよう! 
我々は、赤い丸の上で暮らしている……!?

日本では、今年の初めにも大きな地震があったばかりです。
大きな地震がある度に、「もっと早く具体的な発生地や規模が予見できて、全ての被害を防げたらいいのになぁ」と考えてしまいます。
他の多くのみなさんも同じように考えていらっしゃったのでしょうか、東大TVの視聴数のランキングのページでは、今年に入ってから急に、ある動画が浮上してくるようになりました。

 東大TV 人気の講義のページ

それが、今回ご紹介する、纐纈 一起(こうけつ かずき)先生「東京大学公開講座:予測できる未来と、予測できない未来『地震の予測はなぜ難しいのか?』」(2019年)です。
これは、今まさに日本中で注目を浴びているテーマと言えるでしょう。

日本が地震国と呼ばれる理由

まずは、地震が起きるメカニズム、日本で地震が多い理由などを、分かりやすく説明してくださいます。
4つのプレートの境目が大集合しており、世界中の地震の約10%が日本で起きているそうです。

地震の基礎知識

私たちは、揺れを感じると「地震が来た!」と表現していますが、研究者たちの間では、そのような地面の震え(揺れ)のことを「地震動」と呼び分けているそうです。

(私も、これからは、揺れを感じたら「地震動を感じる!」と言った方がいいのかもしれません。)

したがって、よくニュースなどで報じられる「マグニチュード」は、先生方が使う意味での「地震」の規模を表す指標で、「震度」は、我々が感じる「地震動」の揺れの強さを表す指標、ということになります。

また、地震発生の前日や数時間前に「地震が来るぞ!」と分かることを「予知」と言い、「今後100年以内に、◯◯%の確率で大地震が来る」といった想定をすることを「長期評価」と言うそうです。

地震の研究は難しい

地震そのものは自然現象であるため、未然に防ぐことができません。

また、その規模を弱小化させることもできません。

そこで、少しでも「防災」をして被害を小さくするために、自然現象の発生の予測すること——これが、社会から強く求められている研究の成果となります。

しかしながら、地震研究は、その現象の特徴から、大変難しいとのこと。

  1. 規模が大きすぎて実験(再現)ができない:大規模な地震を観察するため、「それでは、今から数百キロに渡る広大な地域を揺らして、何が起きるか観察してみましょう」といったことは不可能で、その規模を実験室や実験施設に収めることも、もちろんできないでしょう。
  1. 再現できないので過去のデータを分析するしかないが大地震は長期的スパンで起きる:例えば、気象の分野では数分おきに大気の動きや温度などの観測データが取れますが、大地震は「安政の大地震(1850年代)」「関東大震災(1923年)」「東日本大震災(2011年)」といった間隔で起きるため、観測史上で頻繁にデータを蓄積することができません。
  1. 地震の発生源を直接観測することが難しい:地中深く、地殻・岩盤の内部に入り込んで何が起きているか直接観測することは、とても難しいでしょう。

先生は、これらの難しさを「地震の科学の三重苦」と呼んでいます。

予測に誤差が生じる

そのため、現在のところ、過去に起きた地震のデータによってある程度の予測ができても、ただちに(世間が求めるような)精度の高い予知ができるわけではありません。

実際、東日本大震災では、調査による長期評価において「あの地域である程度の規模の地震が起きる」という可能性が発表されていましたが、予測されていた2つの「領域」よりも4つ多く、6つの「領域」が同時に活動して、(ある意味で想定外の)大きな規模となってしまったそうです。

  • 予測の手法(調査や計算)
  • 世界でなされている地震研究に関する議論
  • 現在の地震予測の精度

などの詳細については、ぜひ講義動画をご覧ください。

先生のユーモラスなトークで、あっという間の46分間ですが、同時に、研究者たちが持つ、人々の「命」に対する使命感も強く感じられました。

東京大学公開講座:予測できる未来と、予測できない未来「地震の予測はなぜ難しいのか?」纐纈 一起

おわりに

東日本大震災以後、「全国地震動予測地図」では、「全国どこでも強い揺れに見舞われる可能性」という表現が導入されているそうです。

つまり、確実に安心安全な場所があるとは断言できず、私たちは、どこにいても油断せず備えていくべきなのでしょう。

1月、能登半島地震発生直後にニュース番組を見ていたら、東京大学の地震研究所の方が現地で観測装置を設置している映像が流れ、「少しでもこういった地震を研究して、防災に役立てたい」という旨のことをおっしゃっていました。
この講義を見て、改めて「研究者の方々は、日々、そのテーマに立ち向かっていらっしゃるのだなぁ」と感じました。
防災する私たちと、研究者のみなさんと——赤い丸の上に生きる者として、みんなで一緒に協力しながら、少しでも進歩してゆけたら素晴らしいですね!

今回ご紹介したこの講義は、2019年に行われた「東京大学公開講座:予測できる未来と、予測できない未来」シリーズの一つです。
他にも、様々な分野の「未来」を語る講義が収録されているので、ぜひご覧になって、ワクワクしてください!

また、東大TVでは、この講義の他にも、地震に関連するテーマを扱った講義が掲載されています。
ウェブサイトのHOME画面から、「地震」「災害」「防災」といったキーワードで検索してみてください。
ためになる動画に出会えること、請け合いです。

<文/加藤なほ>

今回紹介したイベント:東京大学公開講座:予測できる未来と、予測できない未来 地震の予測はなぜ難しいのか? 纐纈一起先生

●他のイベント紹介記事はこちらから読むことができます。

2024/03/22

みなさんは、「ダーク・ツーリズム」ということばを聞いたことがあるでしょうか?

ダーク・ツーリズムとは、「災害・苦難・死など、悲惨な歴史の舞台を観光の対象とすること」です。

たとえば、多くのユダヤ人が収容されたアウシュヴィッツ強制収容所は、世界でもっとも知られたダーク・ツーリズムの対象のひとつです。

そのほかにも、奴隷市や監獄、災害の遺構など、「負の歴史」を伝えている観光地が、世界中にあります

日本でも、広島・長崎は、原爆が落とされた街として、多くの観光客に戦争の記憶を伝えています。

また、東日本大震災以降は、日本でもダーク・ツーリズムへの注目が高まり、近年は震災遺構でも展示が整えられ、観光地になる場所が増えてきています。

『観光として、暗い歴史の舞台をめぐる。』

そんなダーク・ツーリズムを通して、私たちはなにを学ぶことができるのでしょうか?

複数の視点を通して歴史の複雑さを教えるダーク・ツーリズムについて考える講義動画を紹介します。

単純に切り分けられない歴史

今回紹介するのは、ハーバード大学で歴史学を教えるアンドルー・ゴードン先生による講義「日本の「ダーク・ツーリズム」:グローバル、国、市民の視点から」です。講義は日本語で開講されています。

UTokyo Online Education 日本の「ダーク・ツーリズム」:グローバル、国、市民の視点から Copyright 2019年, アンドルー・ゴードン

ゴードン先生がダーク・ツーリズムに注目するようになったのは、2015年のユネスコ世界遺産登録の議論がきっかけだといいます。

当時、世界遺産の登録候補になっていたのは、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」でした。福岡、長崎など九州を中心に8県の炭鉱、造船所、鉄工所など23施設が世界文化遺産の候補に申請されました。

しかし、その承認に韓国政府が「待った」をかけました

候補になっている産業革命遺構の多くは、戦時期に徴用された朝鮮半島の人々が強制的に働かされた場でもあるからです。

韓国政府は、日本は戦時中におこなった朝鮮半島からの強制労働を認めるべきだと主張します。

一方、日本は、朝鮮半島からの強制労働がなかった明治期だけを世界文化遺産の登録対象にするという立場をとります。

UTokyo Online Education 日本の「ダーク・ツーリズム」:グローバル、国、市民の視点から Copyright 2019年, アンドルー・ゴードン

さらに、戦時中の徴用労働制度は朝鮮半島からだけではなく日本人も対象であり、また(強制的であったが)違法ではなかったとして、世界遺産の登録は問題ないと主張しました。

しかし、ゴードン先生は、この日本側の主張にはいくつか問題点があるといいます。

まず徴用労働制度をめぐる「強制性」ということばが狭義に解釈されすぎています。強制的かどうかは複数の視点に立って慎重に考えるべき事柄です。

また、同じ土地に根差した歴史のなかで、明治という時代だけを抜き出すことも不自然です。

しかし、ゴードン先生がもっとも問題だというのは、「明るい明治」と「暗い昭和」という単純な区分けです。

産業革命遺産の歴史は、日本の急速な近代工業化に貢献したという明るい面を取り上げられることが多いですが、実際には残虐な強制労働という暗い面も持ち合わせています。日本型経営の成立も、経営者側の一方的な改革ではなく、労働者の抵抗と闘争によるものでもありました。

産業革命遺産には、明るい面と暗い面が複雑に入り混じっているのです。

複雑な歴史を伝えるダーク・ツーリズム

複雑な視点を伝えるダーク・ツーリズムの実例として、ゴードン先生は栃木の「足尾銅山」をあげます。

UTokyo Online Education 日本の「ダーク・ツーリズム」:グローバル、国、市民の視点から Copyright 2019年, アンドルー・ゴードン

足尾銅山では、歴史の教科書にも書いてあるとおり、銅山の開発によって排出された有害物質が周辺の環境に大きな悪影響をもたらしました。

足尾銅山周辺の施設をめぐると、渡良瀬川の上流と下流で、銅山の歴史をそれぞれ別の視点からみることができるといいます。

銅山の上流では、経営者である古河鉱業の視点、下流では公害の被害者の視点からの記述、展示がまとまっているからです。また、労働に従事させられた中国人労働者や朝鮮人労働者の記念碑も残っています。

また、複数の視点を取り入れた展示の好例として、ゴードン先生は、九州の石炭鉱山である三井田川と三井三池の博物館をあげています。

それぞれ、鉱山の歴史を俯瞰的に振り返りながら、働いていた労働者の視点に立つ資料も展示されており、来館者の声を発信することで、多様な立場を見えやすくしています。

ダーク・ツーリズムのこれから

ゴードン先生は、これからの研究課題として、次の問いを掲げています。

それは、「複数の視点を取り入れる展示と語り方を可能にする条件とは何か」ということです。

UTokyo Online Education 日本の「ダーク・ツーリズム」:グローバル、国、市民の視点から Copyright 2019年, アンドルー・ゴードン

条件の一つとしては、国家や企業のような大規模の組織よりも、地元の組織がベースとなるほうがよさそうだということが挙げられそうです。ただし、地元の視点は一枚岩ではなく、複数の視点を取り入れる保証もありません。

丁寧にまとめられた学術書のようなものであれば、複数の視点を多面的に伝えることができますが、学術書では読者が限られることが多く、たくさんの人には届けられません。

「観光」という幅広い人がおこなう営みだからこそ、ダーク・ツーリズムにはひとつの立場にとどまらないものの見方を提供する貴重な機会になっていく可能性があります。

東京カレッジ講演会

今回紹介した講義は、「東京カレッジ」という東京大学の組織が実施しているイベントで開講されたものです。

東京カレッジは、東京大学と海外の研究者や研究機関を結ぶインターフェースとして、2019 年に設立されました。

国内外の研究者と分野横断的な共同研究を行い、その成果が講義やシンポジウムによって共有されています。

この記事が掲載されている東京大学のウェブサイト、東大TVでも、東京カレッジ講演会の動画が数多く公開されています。

海外の先生による英語の講義も多いですが、興味のあるかたはぜひチャレンジしてみてください。

東京カレッジ講演会の動画一覧→https://tv.he.u-tokyo.ac.jp/course_11992/

<文/竹村直也(東京大学学生サポーター)>

今回紹介したイベント:東京カレッジ講演会 日本の「ダーク・ツーリズム」:グローバル、国、市民の視点から アンドルー・ゴードン先生

●他のイベント紹介記事はこちらから読むことができます。

2024/03/13

「想像力」とはなんでしょうか?

いきなりそう問いかけられても、いまいちピンとこないと思います。

「想像力」という言葉は、実にいろいろな場面で使われています。例えば社会の中で、学校の先生が生徒に対し、「他人に対する想像力を持ちなさい」と言っている場面が思い浮かぶでしょう。また、芸術においても「想像力」は欠かせないでしょうし、文学を営む上でも、人間の本性について哲学的に考察する上でも、科学者が世界の真理に思いを馳せる上でも、「想像力」はその根幹に関わってくる力のように思われます。

しかし、そこで使われている「想像力」とは本質的には一体何を意味しているのでしょうか?「想像力」という言葉は、あまりにもたくさんの場面で使われるために、何を指しているのかがはっきりとしません。

平石 貴樹先生 2010年東京大学公開講座「想像力」

こうした「想像力とは何か」という問いに対し、今回の講義を担当した、アメリカ文学専門の平石貴樹先生は、ある一人の人物を紹介します。

それが、エドガー・アラン・ポーです。

ポーは19世紀前半のアメリカで活躍した小説家、詩人ですが、その活動は多岐に及びます。世界初の推理小説と言われる『モルグ街の殺人』を書いたことで知っている方もいるでしょうし、日本の代表的な推理小説家である江戸川乱歩の名前の由来であることでも有名ですね。それだけでなく、世界初の暗号小説とも言われる『黄金虫』を書いたことや、その詩作品によって評価された人物でもあり、科学的洞察に基づいた宇宙論である『ユリイカ』という作品でも知られています。

こうして並べてみると、その活躍はとても幅広く、そのためあまりにとりとめがないものに思われます。しかし、平石先生によると、それは「想像力」という一つの言葉によって集約されるというのです。

それは一体どういうことなのでしょうか?

ロマン主義運動のなかで

ポーが生きていた時代は、18世紀から19世紀にかけて行われていたロマン主義運動の只中でした。近代社会が到来し、「神」から「人間」へと世界観の中心が移行していく中で、人々はキリスト教的な世界観を打破し、どのようにして人間の主体性を確立していくのかという問題に立ち向かっていくこととなりました。

神という絶対的な基盤を失くした状態で、人間としての尊厳や道徳、あるいは世界や宇宙の謎、永遠の美などの超越的なものへと主体的に迫っていくこと。これがロマン主義運動を牽引した人々のモチベーションでした。

そのときに人々が重要視したのが、人間の「想像力」という能力だったのです。

人間には、神のような絶対的なものに依拠しなくても、「想像力」という力があり、想像力によって真理を解き明かすことができるはずだという信頼や信念が人々を駆り立てた、それがロマン主義の時代だったのです。

そうした時代の潮流にあって、ロマン主義の詩人たちは「想像力」を発揮した詩作によって、世界の真理を明らかにしようとしていました。ポーも、そのうちの一人です。

しかし、そうしたロマン主義の詩人たちの試みは、そううまくはいかなかったのです。当時、詩人たちが想像力によって世界を解き明かそうとしている一方で、それと歩調を同じくするようにして、近代科学者たちも科学の基盤を打ち立てようと尽力していたからです。

ここで、本講義のタイトルともなっている3つの能力が登場します。「分析力・洞察力・想像力」です。近代科学者たちは、自然科学が得意とする分析力=論理的な想像力を活用し、科学的手法によって世界や宇宙の神秘を解き明かそうとします。一方で、洞察力=直感的な想像力にしか頼ることのできない詩人たちは、科学が着実な進歩を生み出していく中で、どうしても劣勢に甘んじることとなりました。

ポーは『科学に寄せるソネット(Sonnet—To Science)』の中で、「科学の現実性が詩人の夢想を打ち破る」と嘆いていたようです。 

このように、当時の詩的想像力と科学的想像力は、同じ目標を共有していたにも関わらず批判し合うという、競合関係にあったのです。

しかし、ここで新たな疑問が浮かび上がります。

先ほど述べたような分析力と洞察力は、本当に真っ向から対立するものなのでしょうか。推理小説を書くことのできたポーは、分析的な、論理的な能力も当然持ち合わせているのではないでしょう。では、詩人であり推理小説家であるポーは、分析力、洞察力、そして想像力という3つの力に、どのような視座を生み出したのでしょうか。

ここからは具体的なポーの作品を通じて、ポーの想像力の捉え方を考察していきます。

モルグ街の殺人

1841年、ポーが32歳のときに発表した作品が『モルグ街の殺人』です。『モルグ街の殺人』は世界初の推理小説としても知られ、作中で探偵役として活躍するオーギュスト・デュパンは、続く『マリー・ロジェの謎』『盗まれた手紙』においても登場し、知性と推理力を兼ね備えた名探偵像を人々に植え付けました。今ではお馴染みである、同じキャラクターが別作品で連続して登場する「シリーズ物」というスタイルも、これが世界で初めてだったそうです。

ここでは事件の真相には立ち入りませんが(衝撃の結末は、ぜひ本編を読んでいただきたいです。びっくりすると思います)、密室殺人という類型、そして合理的なロジックに基づいて証拠を解釈し、新事実を見つけ出す探偵のあり方は、その後の推理小説へと引き継がれていくこととなります。

しかし、ここで平石先生が強調するのは、『モルグ街の殺人』は推理小説として書かれたわけではない、ということです。これはどういうことでしょうか?

当然のことながら、『モルグ街の殺人』が発表された当時、推理小説というジャンルは存在しませんでした。ですから、現代の推理小説に慣れ親しんだ我々から見ると、『モルグ街の殺人』は推理小説として洗練されているとはあまり言えず、実際のところ、名探偵デュパンの奇妙な生活模様についてのエピソードに多くのページが割かれています。

では、ポーはなぜこのような作品を作ったのでしょう?

平石先生は、ポーがやりたかったことはデュパンという魅力的な人物をスケッチすることだったのだと言います。

デュパンは、「真に想像力の豊かなものは必ずや分析的であるということがやがて証明されるだろう」という台詞にも現れているように、分析的な想像力を持ち合わせた人物の理想像として描かれています。

ポーは、人間の想像力の性質や可能性を究明する一環として、『モルグ街の殺人』を書いたのです。『モルグ街の殺人』における「殺人事件の解決」は、想像力の基盤として分析的、合理的な思考が欠かせないということを明らかにするために描かれたにすぎないと、平石先生は言うのです。

現代の我々の視点から見ると、分析的思考によって事件の真相に辿り着こうとするデュパンは、まるで科学的な合理性を代表する人物のようにも映りますが、ポーにとってのデュパンは、科学でさえ太刀打ちできないような壮大な謎の領域、隠された真実に到達するための「想像力」の持ち主だったのです。隠された真実とは、宇宙の謎、幻想の美といった深遠な不可思議のことですが、殺人事件とは、それらの世俗的な例でしかなかったのです。

このように、ロジックと詩的想像力の間にある密接な関係性を、ポーはむしろ当然のものとして捉えていたのです。

では次に、そうしたポーの想像力が前面に押し出されている作品である『ユリイカ』を見ていきましょう。

ユリイカ

『ユリイカ』は1848年、ポーの最晩年に書かれた作品です。タイトルは、アルキメデスが金の純度の測り方を思いついたときに叫んだ言葉としても有名な古代ギリシア語の言葉です。

この作品は宇宙の起源とその現状について、極めて論理的に分析・記述したものですが、ポー自身はこれを散文詩だと言いました。一般的な感覚からすると科学論文のようにも思えますが、、これまでの議論を踏まえれば彼がそう呼んだのにも納得するのではないでしょうか。想像力を行使して宇宙の神秘を解き明かすという、ロマン主義の詩人が目標としてきたテーマに大胆に取り組んでいるわけですから、それはポーにとって「詩」以外の何物でもないでしょう。

内容を軽く紹介します。

ポーは宇宙を、神が作り出したある単一の物質から爆発的に放射拡散していったものとして捉え、現在はその拡散が終わり、爆発の反作用によって収束している段階にあるのだと考えました。ニュートンの発見した万有引力の法則は、宇宙が縮んで戻ろうとする力のことであり、収縮の結果、やがて宇宙は元の一つの物質に戻っていくものだとされます。

この爆発と収縮の運動は長い時間をかけて何度も繰り返され、これは神の心臓の鼓動と対応しているのだといいます。心臓の鼓動は人間のものでもあり、宇宙が最終的に一つに収束するとき、人間は薄れゆく意識のなかで自らが神と同一であったことを発見するだろうとポーは主張するのです。

現代の宇宙論を知っている我々からすれば荒唐無稽な理論にも思えますが、詩的想像力によって宇宙の謎を解き明かす、人間と神を同格の存在として扱おうとするなど、当時のロマン主義的な情熱を最大限に発揮するべく作られた大理論であることは、これまでの議論から理解できるかと思います。

『ユリイカ』において、ポーは当時の最先端の宇宙論を取り入れていました。ケプラーやニュートン、ラプラスなど、最新の科学的知見を参照しながら、その上で彼らの議論の及ばない遥か先を見通して、結果的にこのような誤った主張をしたのです。

『ユリイカ』の主張は、現在の科学的知見に基づけば概ね間違ったものだと評価されます。しかし、ある一点からの爆発と拡散によって宇宙が形作られるというモデルは、我々がそう知っているように、ビッグバン理論を思わせるものです。

現代における『ユリイカ』の評価はさまざまに別れているとのことです。しかし、当時明らかだった知見をもとに、想像力を最大限に発揮して一つの理論にまとめあげたというのは、「多大な分析力の賜物であり、20世紀の天文学を予見したとまでは言えないものの、深い思索の結実として十分に評価できるのではないか」と平石先生は評価を下しています。

想像力とは何か?

平石 貴樹先生 2010年東京大学公開講座「想像力」

最後に、話をポーの想像力論に戻したいと思います。

『ユリイカ』の中で書かれていた次の2つの文章は、ポーの想像力観についての重要な示唆を与えています。

科学の最も重要な進歩は、一見したところ直感と思しい飛躍によってなされるのである。

直感は帰納ないし演繹の方法に由来するのだがそのプロセスがはっきりしないために我々の意識化を逃れ、理性をすり抜け、どう表現したらいいかわからない、そのような確信なのである。

ここで、冒頭で話題にした「分析力・洞察力・想像力」の3つの能力の議論に立ち帰ります。冒頭では、分析力すなわち論理的に考える能力と、洞察力すなわち直感的な想像力の2つを対立的に捉え、それが科学者と詩人のそれぞれが別々に拠り所とする能力のように説明しました。

しかし、ポーが行ってきた仕事を振り返ると、どうやらこの2つの能力は、「想像力」という大きな力の関係性の中で、密接に結びついているようなのです。

「モルグ街の殺人」において、ポーは名探偵デュパンを、夜の闇の中で黙考したり、図書館を徘徊したりするなどの、詩人的なメタファーを併せ持つ人物として描きました。ポーの中では、科学者的性格を持つ探偵と詩人は、想像力を用いて隠された真実へと辿り着こうとするという点で、ほとんど同じものだったのです。

想像力とは、洞察力と分析力の2つの能力が合わさって初めてその効果を発揮するのです。

平石先生は「分析力が飛行機の地上滑走だとすると、そのまま空へ向かって離陸していく力が直感だ」という比喩を用いて説明していますが、直感という瞬間的なひらめきと、その土台としての合理的な分析力の、2つの力が手を結ぶことによって、想像力は花開くのです。

詩や小説など、文学作品を創作する営みは、世界のとある側面を発見したいという直感、すなわちインスピレーションから始まって、それを分析力によって緻密に組み上げていく想像的な営みなのだと、平石先生は結論づけました。

ここで、平石先生は文学に関してしか説明していませんでしたが、科学の側にも同様のことが言えるのではないかと筆者は思います。

例えば、世界的数学者である岡潔さんが数学を情緒的な営みだと考えたように、文学的想像力と科学的想像力は決して2つに分けられるようなものではないのでしょう。どちらの学問においても、世界の真理を解き明かすという目的を共有しています。であれば、その営みは、かつてポーが考えたような論理と直感の密接な関係としての想像力を巧みに用いることによって、果たされるのではないでしょうか。

安田講堂で開催される「東京大学公開講座」

東京大学では、昭和28年以来、公開講座を開催してきました。(公式サイト

現在は年2回、春と秋に本郷校舎の安田講堂で開催し、毎回、たくさんの方が参加されています。なお、高校生の受講は無料です。

東大TVでは、過去の公開講座の模様を公開しています。

東京大学公開講座:東大TV Youtube再生リスト

<文/中村匡希(東京大学学生サポーター)>

今回紹介したイベント:東京大学公開講座「想像力」 分析力・洞察力・想像力―エドガー・アラン・ポーをめぐって 平石貴樹先生

●他のイベント紹介記事はこちらから読むことができます。

2024/02/14

地球以外の星には生命体がいるのか?

誰しも一度は頭に浮かんだことのあるこの問い。ですがその答えはまだ明らかになっていません。
この問いに答えが見つかる日はくるのでしょうか?
そして、いまこの問いのために、どのような取り組みがなされているのでしょうか?

「地球以外の星には生命体がいるのか」という問いを考えるには、まず「生命の起源の謎」を考える必要があります。

しかし生命の起源というテーマはあまりに難しいため、研究者はなかなか手を出すことができません。
(成果が出しにくく研究者としてのキャリアパスが描けないからです。)
そのため、生命発生のプロセスに正面から取り組む研究者は、世界的に見ても極めて少数です。

そんな中で、今回講義動画を紹介する戸谷友則先生は、宇宙論の研究をしながら、生命の起源についても探究されています。
戸谷友則先生の講義動画を視聴して、生命の起源や宇宙の生命体について考えてみませんか?

分野を横断した生命の起源の研究

生命の起源とは、つまり「非生命が生命に変わるプロセス」のことです。
この問題が難しいのは、それが物理・化学の世界と生物の世界にまたがっているからです。

戸谷先生は、研究分野として物理系と生物系は隔絶しているといいます。
生命の起源はその隔絶した分野の境界領域にあります。

生命に関しては数多くの難問があり、これまで、数多くの物理学者たちが、生命の謎に挑んできました。
(たとえば、量子力学で有名なシュレディンガーは『生命とはなにか』という著作を残しています。)
しかし、それでもなお、生命の起源にはまとまった結論が出ていないのです。

UTokyo Online Education 2020 戸谷友則

すべての生物は、ひとつの生命から生まれた

そもそも、生命とは一体なんなのでしょうか?

NASAアストロバイオロジー研究所は、生命を“self-sustaining chemical system capable of Darwinian evolution”(ダーウィン進化することができる、自立して持続可能な化学的システム)と定義しています。

自己複製して進化することができるのは、生命の重要な条件です。
生命は複製しながら進化していくため、いま地球上にいる多様な生物たちも、もとを辿れば共通の個体に行きついていきます。

それでは、生命のもとを遡りきるとどうなるのでしょうか?

戸谷先生は、いま地球上にいる全ての生命体は、たったひとつの共通祖先「LUCA(last universal common ancestor)」から進化してきたと考えられるといいます。

UTokyo Online Education 2020 戸谷友則

それはつまり、地球上で非生命から生命の誕生が1回しか起こっていないということです。
少なくとも、それが複数回起きたことを示唆する観測的な事実はありません。

非生命から生命が誕生する確率は

「地球以外の星には生命体がいるのか」

この問いに取り組むにあたっては、長い宇宙の歴史の中で「非生命から生命が誕生する確率がどれくらいか」ということを考える必要があります。
つまり、非生命から生命が誕生するという現象が頻繁に起こるのであれば、地球外生命体がいる可能性が高いし、ほとんど発生しないようであれば、その可能性は低くなるということです。

地球45億年の歴史のなかで、非生命から生命が生まれたのは最初の8億年以内と考えられています。
それは、地球の歴史のなかではかなり初期のほうであるため、その後の地球においても、生命が発生する確率は高い(期待値1以上:平均して1回以上起こる)のではないかと思えてきます。

しかし、早急に結論を出すわけにはいきません。
たまたま生命が早く誕生しただけ(1回だけの現象がたまたま初期に起こった)の可能性もあるし、原始地球の環境が生命の発生により適していたから(それ以降はそのようなことが起きる確率がぐっと下がる)かもしれないからです。

さらに、「人間原理」という考え方もあります。
人間原理では「宇宙(地球)が人間に適しているのは、そうでなければ人間は宇宙を観測できないから」というように考えます。

生命が誕生してから、人間ほどの知能を持つ生命体が生まれるまで、35億年以上もかかっています。
太陽の光度の上昇により、あと10億年もすると生命は地球に住めなくなるとも想定されているため、もし、たとえば地球ができてから45億年経った今、初めて最初の生命が誕生していたとしたら、人間ほどの知的生命体が生まれる前に、地球から生命は滅亡することになっていたでしょう。

つまり、私たちが「どうして地球の歴史の最初の時期に生命が生まれたんだろう」などと疑問に思うことすらなかったわけです。
そのような疑問を持つ私たち知的生命体が地球に存在するためには、地球の初期に生命が生まれていなければいけません。

一方で、初期に生まれて以降、1回も生命が誕生していないという事実に注目すると、むしろ生命の発生確率は低いのではないかと考えられます

先ほどの人間原理の考え方を用いると、どれだけ生命の発生確率が低かったとしても、0でさえなければ、地球に生命が生まれたこととは矛盾しません。私たち知的生命体は、必然的に自分の惑星に生命が存在することを見いだすからです。
地球のような惑星における生命の発生確率については、期待値1ぐらいに高い可能性もあるし、ほとんど期待値0に近いくらい低い可能性もあります。
(ただし1よりはるかに大きいと、「地球で生命の発生は1回だけ」という観測結果と矛盾します。)

このように歴史の視点から、いくつかの要素に着目して「非生命から生命が誕生する確率がどれくらいか」ということを考えてみましたが、なかなかまとまった答えを出すことはできません。

RNAから生命が生まれた

歴史の視点からの考察では、「地球以外の星には生命体がいるのか」という問いに一定の信頼性ある答えを出すことはできませんでした。

それでは、生物側から考察してみるとどうでしょうか?

まず、生命の起源はどのようなかたちで生まれたのかというのが、ひとつの取り組むべき問題になります。

生命を構成する重要な要素は、タンパク質DNAです。
タンパク質はDNAの遺伝情報に基づいて製造されます。つまり、タンパク質がつくられる前にDNAがなくてはいけません。
一方、そのDNAの複製にはタンパク質の酵素が必要です。つまりDNAがつくられる前にもタンパク質がなくてはいけません。
タマゴが先かニワトリが先かというような話で、タンパク質とDNA、どちらが最初にできたのかには結論が出せません。

戸谷先生は、ひとつの回答として、DNAとタンパク質の橋渡しをするRNAが最初に生まれたのではないかといいます。

生命の起源について最も有力な仮説のひとつに、RNAワールド仮説というものがあります。
それは、自己複製可能な活性を持つRNAがまず誕生し、そのあと、DNA-タンパク質ワールドに進化していったとする説です。

RNAは、いくつかの生体化学反応の触媒になります。つまり、タンパク質の酵素と同じような役割を果たしているのです。
自身が酵素になれるのであれば、タンパク質がなくとも複製を行うことが可能だと考えられます。

UTokyo Online Education 2020 戸谷友則

自己複製能力をもつRNAの長さ

ただし、RNAワールド仮説は、最初のRNAがどのように生まれたのかという問いには答えてくれません。

注目すべきは、自己複製に近い活性をもつRNAがどのようにつくられるかということです。

RNAは、ヌクレオチドという基本的な単位がつながり、長くなってできたものです。
「試験管内進化」という手法で、自己複製に近い活性をもつRNAが実験的につくられています。
その長さはおおよそヌクレオチド100~200個分(100~200nt)です。
このようにヌクレオチドがうまくつながっていき一定の長さを超えれば、できたRNAがそのまま自己複製し、生物へと進化していくかもしれません。

それでは、完全な自己複製能力をもつRNAの最小の長さは、どのくらいでしょうか。

専門家によると、25nt以下の長さのRNAは特に活性を示さないといいます。
しかし、40~60nt以上の長さにまでなれば、自己複製能力をもつRNAができる可能性があります。(Szostak ’93; Robertson+’12):

UTokyo Online Education 2020 戸谷友則

なかなかできない自己複製が可能なRNA

自己複製能力をもつRNAの長さが分かったうえで考える必要があるのは、どうすれば長鎖のRNAが合成されるかです。

ひとつ、ヌクレオチドがランダムな化学反応で連なって、自己複製能力をもつ長さまで達する可能性があります。

ただし、RNAが長鎖になるほど、それが自然に発生する確率は急激に低くなっていきます。
戸谷先生はその確率を「猿がでたらめにタイプしてシェークスピアの小説ができる確率」、「竜巻がジャンク置き場を通過してジャンボジェット機ができる確率」と例えます。

UTokyo Online Education 2020 戸谷友則


想像するだけでも非常に低い確率です。

実際に数字で確認してみましょう。

生命誕生に必要なRNAの長さがどれくらいであれば、生命になりうる活性を持つRNAがランダムな化学反応でひとつ生まれるのかを考えます。
(「生物活性をもつRNAの最小の長さ」と「その長さで活性をもつ(=特定の情報配列)RNAがランダムな化学反応でひとつ生まれるために必要な星の数」を考えます。)

ひとつの星で考えた場合、そこで生まれる活性をもつRNAは、確率的に21ntの長さにとどまります。
しかし、先ほど確認したように、自己複製が可能なRNAは、実際には少なくとも40nt以上の長さが必要だと考えられます。
任意のひとつの星でRNAが40nt以上の長さに達することはなさそうです。
それはつまり、ひとつの星をランダムに持ち出しても、そこで簡単に生命は生まれそうにないということです。

それでは、範囲を拡大させ、ひとつの銀河を考えてみるとどうでしょうか?

ひとつの銀河には10の11乗個の星があります。そこで生まれる活性をもつRNAは、確率的に27ntの長さです。
かなり範囲を拡大させたにもかかわらず、40nt以上の長さにはまだ遠く及んでいません。
ヌクレオチドの連鎖は長鎖になるほどより難しくなっていきます。

それでは、観測可能な宇宙にまで広げてみるとどうでしょうか?

観測可能な宇宙とは、宇宙誕生から現在までの138億光年で光が到達可能な距離、つまり、地球を中心とした半径138億年の宇宙領域です。
そこには、銀河系のような銀河がおよそ1000億個含まれています。星の数にして10の22乗個です。
果てしなく膨大で想像することも難しいでしょう。
ですが、観測可能な宇宙で生まれる活性を持つもつRNAは、確率的に31ntの長さです。

ここまで範囲を広げても、まだなお、自己複製が可能だと考えられる40nt以上の長さに届いていないのです。

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私たちが観測可能な宇宙で生命が生まれる確率は、ほとんど0だということになります。

インフレーション宇宙論

それはつまり、地球以外の星には生命体がいないということなのでしょうか?

しかし、戸谷先生は、宇宙は「観測可能な地平線」を超えて大きく広がっているといいます。

そこで持ち出されるのが、「インフレーション宇宙論」という理論です。
この理論では、宇宙は超初期に光速を超える速さで指数関数的に膨張したと考えます。

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宇宙はすさまじい速さで膨らんだため、光速では届かない範囲にまで広がっています。

宇宙の観測結果からみると、インフレーションでできた真の宇宙の大きさは、観測可能な宇宙と比べて、少なくとも10の26乗倍(体積にして10の100乗倍)ほど広がっていると思われ、そこに含まれる星の数は10の100乗個にのぼります。(観測可能な宇宙では10の22乗個でした。)
また、より宇宙が広がり、多くの星が含まれている可能性も十分にあります。

40ntの活性を持つRNAが生まれるには、10の39乗個の星が必要だと考えられます。
真の宇宙には、それを大きく超える数の星が存在します。
真の宇宙の大きさを想定すれば、生命を宿す星は数多くあると考えられるのです。

地球外生命体には出会えない?

戸谷先生は、インフレーション宇宙の大きさを考えると、生命はランダムな化学反応で多数発生していてもおかしくないと述べます。

しかし、観測可能な宇宙で生命体が生まれる可能性はとても低そうだということがわかりました。
戸谷先生は、地球外生命体を見つけられることはないだろうといいます。
宇宙にロマンをもつ方には、残念な話かもしれません。

ただし、地球の生命と同じ起源をもつ生命体がみつかる可能性はあります。
微生物が隕石に乗って、惑星や恒星の間を移動することもあると考えられるからです。
もしくは、未知のプロセスがあり、ランダムな化学反応より遥かに高い効率で生命が発生している可能性もあります。
この場合、生命が発生する確率は、これまで確認してきたものよりもかなり高いものになります。

ただし、戸谷先生はこの可能性に否定的な態度をとっています。

なぜなら、私たちが地球外生命体を発見できたとすれば、地球のような惑星の大半に生命がいることになるからです。
つまり、生命発生の期待値がほぼ1ということになります。
(これは、1より遥かに大きいと地球で生命が一度しか発生していないことと矛盾します。)
これまで見てきたように、生命発生の期待値には、ほぼ無限の振れ幅があります。
そこで期待値がちょうど1ほどになる必然的な理由は、まったくありません。

もし仮にランダムな化学反応より効率的なプロセスで生命が発生していたとしても、私たちが見つけられる範囲にほかの生命体がいる可能性は、決して高くはないのです。

「高校生と大学生のための金曜講座」で学ぶ

今回紹介したのは、戸谷友則先生による講義『宇宙における生命:命の星はいくつあるのか?』でした。

講義は「高校生と大学生のための金曜講座」というオムニバス講座で開講されたものです。
「高校生と大学生のための金曜特別講座」とは、東京大学が高校生と大学生を対象に2002年より公開している講座のことです。

(ウェブサイトはこちら

ここでは、東京大学のさまざまな分野の先生方が、学問研究の魅力を分かりやすく伝えています。

東大TVでは、過去に開催された金曜講座の動画を数多く公開しています。
対象となっている高校生や大学生はもちろん、大人の方にも視聴いただける、分かりやすい講義になっています。

たとえば、紹介した戸谷先生と同じ2020年度に開講されたのは次の講義です。

「離散力学系の不思議な構造」ウィロックス ラルフ先生

「超すごい顕微鏡で生きた細胞を視る」岡田 康志先生

「くすりと社会」桝田 祥子先生

「新型コロナウイルス感染症対策から考える行政権力の問題」國分 功一郎先生

「認知モードの言語間比較」渡邊 淳也先生

「地域活性化を考える:産業立地の視点から」鎌倉 夏来先生

「新型コロナウイルス感染症:東大の基礎研究から生まれた治療薬の種」井上 純一郎先生

「光と物質の新たな出会い:光科学の最前線への招待」五神 真先生

きっとみなさんの興味のある分野の講義動画もあるはずです。
ぜひサイトを眺めて、いろいろな動画を探してみてください。

<文/竹村直也(東京大学学生サポーター)>

今回紹介したイベント:高校生と大学生のための金曜特別講座 宇宙における生命:命の星はいくつあるのか? 戸谷 友則先生

●他のイベント紹介記事はこちらから読むことができます。