【動物界で異例?】発達心理学で読み解くヒトの子育て(「発達心理学から見た人間の進歩」遠藤 利彦先生)
2025/04/24

発達心理学とは?

発達心理学の観点から見た人間の進歩は、様々な側面で捉えることができます。そもそも発達心理学とはどのような学問なのでしょうか?発達心理学とは、ヒトの一生を通じた成長と変化を理解するための学問です。この学問分野は、子どもから大人になるまで、そして老年期までの発達過程を研究対象としており、ヒトの一生とともにある学問です。

発達心理学の研究は、教育・健康・福祉など、さまざまな分野に応用されており、その成果はわたしたちの生活、そして社会に大きな影響を与えています。今回は、そんな発達心理学からみた、“子育て”について取り上げてみることにします。発達心理学の学知を基に、子どもの発達段階に応じた支援・親子関係・社会的支援の構築などから、ヒトの子育てがいかに特殊であるかを深掘りしていきます。

ヒトの子育ての特殊性

ヒトの子育ては他の動物と比較して非常に特殊です。では、それは一体どのような点においてなのでしょうか。今回ご紹介する『東京大学公開講座「人間は進歩しているか?」-発達心理学から見た人間の進歩』(2014年開講)では、遠藤利彦先生がヒトの子育てについて詳しく解説されています。

UTokyo Online Education 発達心理学から見た人間の進歩 Copyright 2014, 遠藤 利彦

子育ての進歩の“光”と“陰”

遠藤先生によると、子どもの育ちをめぐる全体的状況は確実に進歩しているといえます。例えば、乳児死亡率の大幅な低下、識字率の改善など、多くの点において進歩が見られ、「子どもの発達・人の生涯発達に関わる科学は様々な新しい方法論を得て、めざましい発展を遂げている」と遠藤先生はおっしゃっています。

一方で、子育てをめぐる全体的な状況が進歩しているにもかかわらず、本質的な部分においては「果たして進歩しているといえるのか?」と疑問視しています。例えば、子育ての知識が蓄積されているのにも関わらず、それらの知識の進歩が実践的な場面において生かされていないという問題です。

遠藤先生は、現代の子育ては、知識ばかり蓄積された頭でっかちな状況に陥ってしまっていることを危惧しています。では、改めて子育ての現状を捉えるために、子育てが元来どのようなものであったかについて考えてみましょう。

ヒトの子どもはどうやって育てられてきたのか?

ヒトの赤ちゃんは、他の動物に比べて未熟な状態で生まれます。さらに、他の動物の新生児よりも重いという特徴もあります。また、養育期間も他の動物に比べてとても長期間に渡り、養育者の負担が重くのしかかってきます。これらの特徴は、子育てに大きな影響を与えます。

ヘルパー・サポーターの必要性

ヒトの子どもを育てるには、さまざまな形での協力が必要です。

UTokyo Online Education 発達心理学から見た人間の進歩 Copyright 2014, 遠藤 利彦

ヒトの子育てには膨大な時間がかかります。そのため、子どもを支えるために両親が長期的なパートナーの関係を築くことになります。これは、我々人間にとっては当たり前のことでしょう。しかしながら、実はこれは動物の世界では一般的ではないのです。
他の動物では、同じパートナーと長期的に過ごすことは多くはありません。ヒトの子育ては、単なる一対一の親子関係ではなく、両親と子どもからなる、規模としては小さいながらも非常に強力な共同体のなかで行う形態を発展させてきたのです。

一般に、他の動物では、メスは死ぬまで子どもを産み続け、子どもと、「母-子」の直接的な親子関係のもとで育てます。言い換えると、子どもを産めなくなったら、それは死を意味するのです。しかしながら、ヒトは子どもを産めなくなった後も長く生き続けます。

ではおばあさんはどのような形で子育てに参入するのでしょうか。例えば、おばあさんが、孫などの次世代の子どもの世話をすることで、子どもの母親はより多くの子どもを育てることが可能となります。これにより、結果的に集団としての生存率を向上させることができるのです。よってヒトの子育てにおいておばあさんという存在の重要性は非常に高いのです。

ヒトの子育ては集団でおこなわれてきた

子育ては親だけが行うものではありません。サラ・ハーディーの著書「マザー・ネイチャー」では、「人の子育ては集団で行われてきた」という記述があります。
これについては、たとえ子育てを経験したことがない人たちにとっても、私たちがどのように育ってきたかを考えるとわかりやすいです。
子ども時代を思い返したときに、我々が関わったのは両親だけでしょうか。決してそんなことはないはずです。幼稚園の先生、風邪をひいたときに診てくれたお医者さん、お母さんが買い物に行く間に預けられた先の近所のおばさんなど、挙げたらきりがないほど多くの人々に支えられて生きてきたことでしょう。

子どもは、非常にかよわい存在であり、特に幼い子どもは放っておくとすぐに命の危険に晒されてしまうほどです。支えてくれる大人がいない状況においての子どもは無力であるといっても過言ではないです。これは子ども目線でも、同様に己の無力さを感じるでしょう。

実際、私が5歳のときにショッピングモールで迷子になってしまった際には、冗談抜きで「死ぬ」と思った経験があります。今考えれば、迷子が死に直結することなどあり得ないですが、当時の私にとって、すぐに助けてくれる大人がいないことへの不安は非常に大きいものでした。

話は逸れましたが、ヒトの子育ては親以外による養育も重要な鍵を握っており、多くの人々の存在から成り立つ集団型子育てが、もともとのヒトの子育ての姿なのです。

現代の子育ては…

UTokyo Online Education 発達心理学から見た人間の進歩 Copyright 2014, 遠藤 利彦

現代は、男女共同参画・「イクメン」・保育の拡充など、子育てに対してさまざまな角度からアプローチする試みが行われており、確かに、母子関係中心主義は薄れつつあります。しかしながら、いまだに子育てが母親中心のものと考えられる傾向が根強く残っており、子どもが非行に走るなどの原因を全て母親に依拠するといった考えは、依然として存在します。

現代における子育ての理想の形とは

では、どのような子育てがなされることが理想といえるのでしょうか。遠藤先生によると、現代の事情に適った集団型子育てを模索する必要があるそうです。また「子どもの発達を阻害するのは母親の有無ではなく、サポートネットワークの剥奪である」とおっしゃっています。

まとめ

発達心理学から見た人間の進歩は、子育ての実践において非常に重要なことを私たちに気づかせてくれます。本講義は、親子関係にとどまらず子育て全体を広い視野で捉えるものとなっています。
私は記事を書きながら、自分はどのような子ども時代を過ごしてきたか、当時の大人たちは自分にどのように関わってくれたかなどを思い出すとともに、子育ての奥深さを感じました。
おそらく、本講義はみなさんにとっても、子育て、ひいては現代社会における育児の課題などについて考える、よいきっかけを与えてくれるでしょう。
子どもの認知発達、情緒の発達、生涯にわたる成長など、多岐にわたる領域での研究が、現代の子育てにおける課題解決や新しいアプローチの開発に役立ちつつも、果たしてそれが実践に繋がっているのかなど、まだまだ課題が残るのが、現代の子育てです。私たちがより良い子育て環境を築くには、子どもたちの健全な成長を支えるには、一体どのようなことが考えられるでしょうか。詳しい内容が気になる方はぜひ講義動画をチェックしてみてください。

<文/悪七一朗(東京大学学生サポーター)>


今回紹介した講義:東京大学公開講座「人間は進歩しているか?」発達心理学から見た人間の進歩 遠藤利彦先生

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