動物に心はあるか?【東大生ライターが岡ノ谷 一夫先生の講義を紹介】
2025/04/09

犬と暮らしている人は、「私が帰ってくるといつもうれしそうに尻尾を振っている。動物にも心があるに決まっている!」と思うかもしれません。

そのような経験がない方でも、動物には心がある、と考える方が多いのではないでしょうか?

しかし実のところ、研究者の世界では「動物に心がある」ことが当たり前とされてきたわけではありません。

そもそも私たち人間にとっても、自分以外の人間に心があるかどうかを科学的に検証することはできません。

今回は、動物に心があることを示すことは原理上不可能かも知れないとした上で、それでも動物の心を知ろうと試みる岡ノ谷一夫先生の講義、2021年度高校生と大学生のための金曜特別講座「動物に心はあるか?」を紹介します。

様々な実験を通して、生物心理学や動物行動学の観点から、動物の心について一緒に考えてみませんか?

UTokyo Online Education 高校生と大学生のための金曜特別講座 2021 岡ノ谷一夫

感情

早速、動物の感情に関する実験を見ていきましょう。

鳥の感情

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ジュウシマツという小鳥をご存知でしょうか?
重さ約12gで片手に乗るほどの小さな鳥です。

実は、このジュウシマツに新しい餌を与えると、一羽が餌場に行くのを見てから他の鳥が次々とそれに続いていくという行動が見られます。

まずは勇気のある一羽が向かい、他の鳥はその餌が安全であることを確認してから向かいます。この行動は「社会的促進」とも呼ばれますが、観察しているとまるでジュウシマツに感情があるかのように見えます。

ラットの感情

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続いては、ラットを対象にした実験です。

実は、ラットは、私たちには聴こえない音で鳴いていて、嬉しいときには50kHz、悲しいときには20kHzの超音波で鳴くという性質があります。

そこで、他のラットが鳴く音を聴いたラットがどのように感じるかを調べてみます。

まずは画像のように、8の字型の迷路の一カ所にスピーカーを置き、私たち人間にも聴こえる高さに設定した上でラットが鳴く音を流します。

すると、嬉しい鳴き声を聴いたラットはスピーカーに近づいていき、悲しい鳴き声を聴いたラットはその場でうずくまるという結果が得られます。

このことは、他の個体の声によってその個体と同じような気持ちになる「情動伝染」が起こっていることを示しています。これは同情や共感のもとになる現象です。

時間感覚

次に、私たち人間がもつ「時間感覚」に関する実験です。

皆さんはもし「30秒後に手を挙げてください」と指示されたら、心の中で30秒を数えてみるかと思います。

そしてこの時間の計測は、何回か繰り返すうちにより正確になっていきます。

私たち人間はこのような時間感覚を持っているのです。

では動物については、どうでしょうか?

ラットの時間生成行動

ここで、ラットの時間感覚にまつわる実験を紹介します。

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今回の実験では、画像のようにラットに、ある一定時間以上レバーを押してもらいます。
例えば、一定の時間を16秒と設定した場合、ラットが16秒以上レバーを押すと真ん中の隙間から餌がもらえる仕組みです。16秒未満でレバーを離してしまうと、餌はもらえません。

人間の私たちからすると、一定の時間以上なのであれば、特に考えずにできる限り長くレバーを押しておけばいいのではないかと考えますが、ラットはお腹がすいているので、16秒ちょうどくらいでレバーを離したい状況です。

さて、どのような結果になるでしょうか?

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画像をご覧ください。
こちらは一定の時間を16秒とした場合の結果です。

グラフの右側と左側は、それぞれ違うラットの結果ですが、どちらも17秒程度でレバー離す回数が最も多くなっていることがわかります。

ラットも人間と同じように、時間の計測を繰り返すと、より正確に時間を測ることができるようになっているのです。

ここで、ラットはどのように時間を測っているか、気になる方も多いと思います。

実はラットの脳には、「後部帯状回」と呼ばれる部分があり、そこには刺激を与えてから約200ミリ秒後に反応する神経細胞があります。

その部分に電極を指して先ほどの実験を行うと、レバーを押す際に反応があり、レバーを離す際に反応が戻ることから、この神経細胞が時間感覚に対応していると考えられます。

コミュニケーション

最後に、コミュニケーションに関する実験を見ていきましょう。

ハダカデバネズミの話者交代

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この写真に映っているハダカデバネズミは、西アフリカの地下にトンネルを掘って暮らしている動物です。

ハダカデバネズミは真社会性動物と言い、アリや蜂のように繁殖する個体が限定されていて、他の個体は繁殖個体を助けるために、餌を運んだり敵と戦ったりします。

そして、このハダカデバネズミは発声信号をやりとりして、互いの情報を獲得したり、親和性を高めたりしていることがわかっています。

実際に例を見てみましょう。

このハダカデバネズミが実際に住むトンネルをアクリルパネルで実寸大に再現してみると、実は二匹が横にすれ違う幅はありません。

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そこで、トンネルで二個体がすれ違う時は、お互いに鳴き合い、より低い音声で鳴く個体が上を通るようにしているのです。

重ねて鳴くことはなく、必ず片方が鳴き終わってからもう片方が鳴くことから、話者交代と呼ばれています。

体の構造上、声が低い個体の方が体が大きいというのは物理的特性として決まっているため、このようなコミュニケーションにより、無駄な争いを避けることができます。

ラットの援助行動

続いてラットに関する実験です。

ラットは泳ぐことはできるものの、進んで泳ぐ生き物ではなく、水の中に落とされてしまうともがくような動作をします。

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実はこれまでの実験で、プールから出られないラットがいると、それを観察するラットがドアをあけて救い出そうとすることがわかっています。

この行動はメス同士で特によく見られており、ラットのメスは共同で子育てをするため、互恵的な行動として定着した可能性があると考えられます。

ただし、溺れているラットからどのような信号が出ているかは不明で、溺れている状況全体が救助行動を生んでいるかもしれません。

人間も、道端で人が倒れていれば、自然に助けようとします。

しかしこれは同情からくる行動なのか、自分の社会的評価のためなのか、など理由は様々だと言えます。

このように援助行動というかなり複雑な社会的行動が、ラットにも見られるということがわかります。

まとめ

ここまでの研究を通して、岡ノ谷先生は、少なくとも鳥類や哺乳類については心を持っていると推測するのに無理のない行動が観察できていると結論づけています。

しかし一方で、この結論は私たち人間が他者に自分と同様な内的過程を投射しやすい、擬人化・擬自分化という傾向からの結論でもあり、客観性はないと話しています。

心とは、意思決定を必要とする複雑な行動の副産物として生じる主観的な体験であると考えられますが、主観的体験の有無について科学的に検証する手段は現時点ではありません

そのうえで、岡ノ谷先生は心の研究はまだまだ始まったばかりであるため、ぜひ心の研究をしていってほしいと受講生たちにメッセージを送っています。

講義では、こちらの記事で紹介しきれなかった実験やエピソードが盛りだくさんです。興味のある方はぜひ講義動画をご覧ください!

<文/RF(東京大学学生サポーター)>

今回紹介した講義:2021年度:高校生と大学生のための金曜特別講座 動物に心があるか 岡ノ谷一夫先生

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