環境で性別が変わる?性別の境界線を超える魚たちの世界「オスとメスの境界を越える魚たち」大久保範聡先生
2025/05/14

映画のキャラクターとしてもよく知られている「カクレクマノミ」。実は、オスからメスに性転換をする魚だということはご存知でしたか?

カクレクマノミは、なんと2匹のオスが出会うと体の大きい方が必ずメスに性転換するというルールを持っています。

映画の物語では、お父さんと子どものクマノミが仲良く暮らしていますが、体の大きいお父さんクマノミがお母さんクマノミに性転換する、という流れが生物学的には正しいのです。

今回はご紹介するのは第135回(2022年秋季)東京大学公開講座「境界」から「オスとメスの境界を越える魚たち」。

魚の性別を研究する大久保範聡先生とオスとメスの境界を軽々と越える魚の世界を覗いてみませんか?

UTokyo Online Education 東京大学公開講座「境界」2020 大久保範聡

早速ですが、こちらの画像をご覧ください。

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これらの魚は、実は、性転換をするという特徴を持っています。

例えば「クエ」は、お鍋にして食べるととてもおいしい魚ですが、最初は皆メスとして生まれ、体が大きくなると一部の個体がオスに性転換します

また、少しマイナーな魚ですが、鹿児島から沖縄にかけて住むオキナワベニハゼは、なんとメスからオスに、オスからメスに何度でも性転換をすることができます。

このように魚の中には性転換をする種類が多くいますが、もちろん性転換しない魚もいます。

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例えばメダカやキンギョ、ティラピアやゼブラフィッシュは通常性転換をしません。

しかし、最近の研究では、体内のホルモンバランスを人工的に変えることで、これらの魚でも簡単に性転換をするということがわかってきました。

メスの魚は、体内に多くの女性ホルモンを持っていますが、この女性ホルモンを減らすと、メスは簡単にオスに性転換するのです。

人間は、女性ホルモンを減らすだけで男性になることはありませんが、魚の場合は普段性転換しない魚でも、性転換するポテンシャルを持っているということになります。

動物の性別はどう決まる?

そもそも、動物の性別はどのように決まっているのでしょうか?

まずは、私たち人間のケースを考えてみます。

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私たちの体を構成している細胞の中には46本の染色体が入っており、その大きさと形から番号がついています。それぞれ2本ずつあるのは、一つを母親から、もう一つを父親から受け継いでいるためです。

ここで、上の画像の中で、番号がついていない染色体に注目してみてください。片方が大きく片方が小さくなっています。この大きい方をX染色体、小さい方をY染色体と呼び、それらを合わせて性染色体と呼びます。

名前の通り、これが人間の性別を決める染色体です。XYという組み合わせであれば男性、XXという組み合わせであれば女性になります。

つまり、母親からX、父親からもXを受け継いだ場合は女性になり、母親からX、父親からYを受け継いだ場合は男性になるという仕組みです。

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魚の性別はどう決まる?

では魚の場合はどうでしょうか?

答えは、魚の種類による、です。

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例えば、ヒラメ、トラフグ、メダカは、ヒトと同じで、XXを持っていればメス、XYを持っていればオスになります。

一方で、ブリ、ウナギ、ジャワメダカは、ヒトとは逆で、XXを持っていればオス、XYを持っていればメスになります。

どちらの性染色体をもつかは、同じメダカの仲間でも異なっていたりと、非常に近い種類の魚でもバラバラです。

そしてここまでは性染色体によって性別が決まる流れを見てきましたが、ここからが魚の面白いところ。魚の世界では、性染色体で決まっていた性別が、生育環境によっていとも簡単に書き換えられてしまいます。つまり、性染色体で定められた性別が絶対ではない、ということです。

環境でオス化する魚たち

では、早速例を見ていきましょう。

魚は、子どものときにどれくらいの水温で育ったかによって性別が変わることがあります

例えばメダカやヒラメは、子どものときに32~33℃を超える高い水温にさらされると、性染色体がXX(メスになる個体)であってもオスになってしまいます。夏場に水温が上がりすぎたことにより、家で飼っていたメダカがすべてオスになって絶滅してしまった、というのは実はよくある話です。

ヒラメの場合は、この性転換が養殖の際に重要になってきます。なぜかというと、ヒラメはオスよりもメスのほうが体が大きく成長も早いため、オスになってしまうと養殖業の観点では損になるからです。

一方、トラフグは白子が取れるオスのほうが商品価値が高くなります。トラフグは、メダカやヒラメと逆に低温で育つとオスになるため、低い温度での養殖が行われています。

水温以外にも、性転換を引き起こす環境要因はいくつかあります。

例えば私たちがよく食べているウナギは、体が小さい時期に高密度で飼育すると、本来はメスになるはずの個体もオスになります。

オス化を起こすのはストレス?

では、特定の温度や密度でオスになるのはなぜでしょうか?

実は最近の研究で、その理由が明らかにされつつあります。

魚にも人間と同じように、最適な環境があります。そのため、低い水温を心地よく感じる魚が高い水温に晒されたり、単独行動を好む魚が高密度の環境に入れられたりすると、それはストレスになります。

私たち人間もストレスがかかると、副腎皮質という場所でコルチゾルというストレスホルモンが分泌されますが、魚の場合このコルチゾルがオス化を引き起こすのです。そのため、ストレスを与えるだけでなく餌にコルチゾルを含ませるだけでも、オスになります。

性別を持たない魚たち

これまでは性染色体を持った魚の性転換について触れてきましたが、実は魚類の中にはそもそも性染色体を持っていない種類も多くいます。つまり、生まれたときには性別が決まっておらず、環境によって後天的に性別が決まります。

例えば、南米に住むペヘレイという魚は、水温が低い時期に生まれるとメスに、水温が高い時期に生まれるとオスになります。アマゾンに住むアピストグラマは、酸性の水で育つとオスに、アルカリ性の水で育つとメスになる特徴があります。

冒頭で紹介した性転換する魚たちも、ほとんどの種類が性染色体を持っていません。

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カクレクマノミは、性別を持たずに生まれ、ある程度大きくなると一旦みんなオスになります。そして、周りの仲間の中で一番体が大きくなると、メスになるのです。クエ、キンギョハナダイ、クロダイもカクレクマノミと同じように、体の成長度合いによって性別が決まります。

そしてさらに、魚類の中には1個体の中にオスとメスが共存する、雌雄同体の魚もいます。精巣と卵巣をどちらも持っている魚です。

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例えばハムレットという魚。この魚はシェイクスピアのハムレットの有名な一節「生きるべきか、死ぬべきか」のように「メスになるべきか、オスになるべきか」常に迷っているだろうということから、名付けられました。このハムレットは、2匹がペアになり、オスとメスを互いに入れ替えながら産卵します。

一方、雌雄同体の魚の中にはつがいにならず一匹で繁殖する種類もいます。マングローブキリフィッシュという魚です。この魚は、脊椎動物で唯一、自家受精をする種として知られています。

性転換の意義

話を戻します。

そもそも、なぜ魚は性転換をするのでしょうか?

それには、性転換をすることでより多くの子孫を残せるという合理的な理由があります

メスからオスになる魚の場合

実はキンギョハナダイ・ブダイの仲間などメスからオスになる魚は、ハーレムを形成する特徴があります。一匹のオスがメスを独占して繁殖するのです。

まず、体が小さい時の状況を考えてみましょう。

体が小さいオスは自分のハーレムを持てず、繁殖に参加できません。一方で、メスであれば体が小さくてもハーレムの一員になることができます。

そのため、体が小さいときは、オスであるよりもメスである方が有利となります。

しかし、ハーレムを形成するほど体が大きくなった際には、ハーレムの一員であるメスよりもオスになりハーレムを率いる方が有利となるため、オス化するというわけです。

オスからメスになる魚の場合

一方で、カクレクマノミ・クロダイ・ハナヒゲウツボなどオスからメスになる魚の場合はどうでしょうか?

これらの魚にはランダムにつがいをつくる、という特徴があります。

ここでヒントになるのは、

・魚の場合、体が大きいほど、より多くの精子や卵をつくることができる

・1匹の魚がつくる精子と卵の数を比べると、圧倒的に精子の方が多い

ということです。

体が小さいときの状況を考えてみましょう。

自分の体が小さいとき、ほとんどの場合は自分より大きい魚とつがいになります。その場合、自分は小さくても数を増やしやすい精子をつくるオスとして、体の大きな相手に卵を産んでもらったほうが、余裕をもって繁殖できます。

一方、体が大きくなった際には体が小さい相手とつがいになる可能性が高いため、自分がメスであった方がより多く子孫を残すことができます。

このように性転換とその方向性は、その魚がどのような繁殖様式を持っているかに対応しています。

どちらの方向性にも性転換する場合

では、ホンソメワケベラやオキナワベニハゼのようにどちらの方向にも性転換する魚はどうでしょうか?

これらの魚は単独行動を好むため、同じ種類の魚と出会う確率が低いという特徴があります。そのため、どんな相手とも繁殖できるよう、どちらの方向性にも性転換できるのです。

魚にとって、性転換はより多くの子孫を残すための最善策となっています。

まとめ

これまで見てきたように、魚にも多様な性別の決まり方があることがわかりますが、大久保先生は、魚の性別の世界はもっとディープなものだと話しています。

実際に本記事では紹介しきれなかった、魚の性転換の仕組みや魚の「脳の性別」についてなど、講義内ではさらに興味深い内容が紹介されています。

ご興味のある方はぜひ講義動画をご覧ください!

<文/RF(東京大学学生サポーター)>


今回紹介した講義:第135回(2022年秋季)東京大学公開講座「境界」オスとメスの境界を越える魚たち 大久保 範聡先生

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