最近、スマート○○という言葉をよく耳にしますよね。
よく聞くものだと、スマートウォッチ、スマートスピーカー、スマート家電、スマートシティなど。
いずれもICT(情報通信技術)などを活用し、これまでの概念を多機能化、アップデートしたものを指すことが多いです。
今回紹介するのは、その一つ、「スマート農業」をテーマにした講義。
講師は農水省、筑波大学、農研機構、東京大学と様々な機関で農業に携わってきた平藤雅之先生です。
私たちの食生活の基盤となっている農業ですが、スマート農業とはどのようなものなのでしょうか?
スマート農業は、スマート情報技術により、自律的に知的に制御される農業だと講義冒頭で紹介されます。
とはいえそれだけではよくわからないという方も多いと思いますので、早速、平藤先生が取り組んできたスマート農業に関する事業を講義に沿って紹介していきます!
スマート農業と時系列データ
いきなりですが、急進化しているICTとデジタル情報を活用するスマート農業では、データが非常に重要になります。
そのため、講義ではデータを集めるための取り組みがたくさん紹介されます。
農業では、これまでデータがあまり有効活用されてなかったこともありました。
データが取られなかったり、取られたとしてもそれが何を意味するのか分からなかったり。
データの中でも、作物や畑について知るために重要なのが時系列データです。
データを一つ取ってくるだけではわからないことが、時系列変化を追っていくことで何かわかることがあります。
しかし、この時系列データをいきなり実際の畑などで取るのは容易ではありません。
気温や、湿度や、様々な環境が常に変化し、その関係性がわかりにくいからです。
そこで、まずは環境を制御した状態で時系列データを取ることになりました。
多様な環境を人工的に作り出す閉鎖生態系で、光合成速度や生長速度などを測定します。
そうすると、光合成速度が一定でないことなど様々なことがわかりました。
宇宙に農場を作り出す?
閉鎖生態系は、基本的に植物個体のデータを取るための設備でしたが、実際の畑や土壌での生態系は、複数の植物や生物によって構成されます。
そこで次に、植物を取り巻く土壌微生物などを含めた群での分析に取り組みます。
ここでは、JAXAの予算を用いて行われた、宇宙農場という研究が紹介されています。
簡単に言えば、宇宙で農業を行えるような環境を作り出そうという試みです。
宇宙では水の扱いが難しいため、水耕栽培ではなく、土壌微生物を用いた栽培が採用されました。
とはいえ、土も人が歩くと舞い上がるなど問題があるため、土壌層の中に多孔質パイプを入れて吸引し、土が舞い上がるのを防ぎます。
土自体をフィルターにして空気中のほこりやウイルスも取り込んで分解し、空気中に出た水蒸気は出口で水に戻して再び利用されるという仕組みは、ミニ地球と表現されています。
これを小型化し、パラボリックフライトという微小重力を再現できる環境で実証を行いました。
飛行機の揺れで土が浮いても、吸引により抑えられることがわかり(講義では14:15ごろから動画が流れます)、宇宙での実用化の道が見えました。
しかし、予算の問題などにより、国際宇宙ステーションで実現するという夢には届かなかったそうです。
とはいえ、この研究で分かったこともあります。
例えば、複数の植物が競争しながら育っていく様子を観察できたこと。
植物がじっとしているかと思いきや陣取り合戦をしながら育っていく様子は、講義映像で動画を見ることもできます。
生態系の時系列データにより、物理的な相互作用を見て様々なことがわかるのですね。
また、宇宙農場のシステムは宇宙に限らず、マンションやオフィスといった閉鎖空間で食料と酸素を作り出すシステムにも応用できるそうです。
野外のフィールドでの取り組み
ここまで、主に室内レベルでの取り組みを紹介してきましたが、農業といえば多くの方が野外を想像するでしょう。
ということで、ここからは野外での、実際の農業と組み合わせた取り組みを紹介します。
その前に、スマート農業を野外の現場で行ううえで大きな課題となるのが、農業は保守化しやすいという点です。
環境や災害、消費量など様々な要因に左右される農業は非常に難しく、それゆえに経験がものをいう世界で、新しいことをして失敗することが避けられがちだそうです。
しかし、スマート農業を実際に畑で行うには、様々な技術を導入していく必要があり、ファーストペンギンになる、つまり先陣を切って取り組むことが重要になります。
そんな中、少し特異で、平藤先生の取り組みの舞台にもなったのが北海道の十勝です。
十勝平野は日照時間が長く耕作面積が広大であるだけでなく、その文化にも特徴があります。
それが、一番乗りが尊敬される、そして先祖伝来という呪縛がないという風土です。
これは本州に比べ開拓されたのが最近でそこまで長い歴史がなく、そして開拓精神がまだ残っているからこそだと平藤先生は赴任してから分かったそうです。
このような風土は農業に限らずこの地域の特徴です。
十勝開拓の父とも言われる依田勉三(よだ べんぞう)という人物をご存知ですか?
開拓のため北海道に渡り、設立した晩成社という会社で農業や酪農などの事業を行った人物です。
晩成社は最終的に失敗に終わってしまいますが、彼をはじめ、開拓に挑戦した人々はこの地域でリスペクトされています。
ちなみに、皆さんご存知、北海道銘菓のマルセイバターサンドは晩成社のマルセイバターという商品が由来で、特徴的な包装デザインも、そのバターの箱の模様を元にしているそうです。
話が逸れましたが、このように先へ先へ進む風土は研究者にとっては非常にありがたいことだと平藤先生は言います。
このような風土があるからこそ、平藤先生の他にも、スマート農業に関する新たな製品やサービスを開発、利用する人がたくさん集まっているそうです。
そして、先ほど紹介したように、スマート農業にはデータが欠かせないということで、平藤先生を中心にデータ収集をはじめ様々な取り組みが行われます。
大量のデータを自動収集するための小型データセンターとなるフィールドサーバを設置し、作物の生産のためでなくデータを生産・収穫するための「データファーム」が作られました。
また、大量のデータ収集には大量の電気が必要となるため、キューブ型の発電システムも開発されました。
ここでは全ての取り組みを取り上げられませんが、他にも面白い取り組みが紹介されているので、ぜひ続きは講義をご覧ください!
スマート農業の未来
講義の最後には、農業の未来についても触れられます。
量子コンピュータや汎用型AIといった技術の進化や、核融合によるエネルギー技術などが、次の農業に繋がっていくだろうと平藤先生は言います。
また、記事では割愛しましたが、講義では、バイオスフィアという人工環境の話や、エベレストで広域モニタリングのプロジェクトにチャレンジした話など、様々な取り組みが紹介されています(しかも40分足らずの時間で)。
私たちにとって非常に重要な農業、そしてこれからも進化し続けるであろうスマート農業について、きっと興味を持つきっかけになる講義です。ぜひ動画もご覧ください。
また、この講義は「第4回農学部オンライン公開セミナー『スマート農業:ICT 技術を活用した新しい農業の形』」というセミナーの一つです。このセミナーでは他にも「農業ロボットの作り方」といった面白い講義がありますので、ぜひそちらも併せてご覧ください!
https://tv.he.u-tokyo.ac.jp/course_12050/
<文/おおさわ(東京大学学生サポーター)>
今回紹介した講義:スマート農業とは何か? ―過去、現在、未来― 平藤雅之先生
●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。