これから哲学を学ぶ人へ【ギリシア哲学のイントロダクション】
2024/02/06

「哲学」に関心があるけど、なにから始めたらよいか分からない…

そんな人は、まず「ギリシア哲学」に触れてみるよう、勧められることが多いかもしれません。

しかし、ギリシア哲学といえば、プラトンやアリストテレスなど、登場するのは何千年も前の思想家ばかり。あまりに時代を遡っているため、そこから学べることなどもうないような気さえしてしまいます。

一体どうして、それほどギリシアの哲学を知る必要があるのでしょうか?

それは、哲学というものがまさにギリシアで生まれたものだからです。

それどころか、科学的な思考や人間を中心とした自然観など、現代文明(西洋文明)の基盤となっているものも、ギリシアに由来しています。

とりわけ西洋では、教養の一番の基礎として、いまでもプラトンなどのギリシア哲学が根強く支持されています。

また日本でも、明治大正期、西洋文明を受容する過程で、ギリシア哲学の著作が幅広く読まれていました。

現代の日本もギリシア哲学の影響から逃れているわけではなく、現状の制度や価値観などの元をたどると、ギリシアに行きつくことが往々にしてあります。

私たちの考えや社会のおおもとにあるギリシアの思想を知り、いま生きる世界についてよりよく理解してみませんか?

UTokyo Online Education 古代ギリシア哲学を学ぶ意義 Copyright 2022, 納富 信留

ギリシア哲学の4つの時期

今回紹介するのは、古代ギリシア哲学の専門家、納富信留先生による講義動画です。

UTokyo Online Education 古代ギリシア哲学を学ぶ意義 Copyright 2022, 納富 信留

納富先生はギリシア哲学の大家で、過去には国際プラトン学会の会長も務められていました。

講義は高校生と大学生を対象としたもので、専門的で難解な話はほとんどなく、初学者でも十分に理解できる内容になっています。

講義ではまず、「ギリシア哲学とは何か?」ということが語られます。

一口にギリシア哲学といっても、それは非常に長いスパンで展開された哲学の総称です。

その長さは、なんと11世紀もの期間に渡っているといいます。(日本だと現代から平安時代にまで遡ってしまいます!)

そのような長きに及んでいるため、ギリシア哲学は一枚岩ではありません。納富先生は、ギリシア哲学を全部で4つの時期に区分しています。

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1つめの「初期ギリシア哲学」は、紀元前6世紀はじめ(前585年のタレスの日蝕予測)から紀元前5世紀後半にかけての哲学です。

イオニア・イタリア地方を中心に、宇宙論や存在論について語られます。タレスやアナクシメネス、ヘラクレイトスなどによる万物の根源をめぐる議論や、ピュタゴラスによる数学がこの時期に興っています。

2つめの「古典期ギリシア哲学」は、紀元前5世紀半ばから紀元前4世紀後半です。

ソクラテス、プラトン、アリストテレスなど、ギリシア哲学の代表者たちが集う、黄金期ともいえるような時代です。一般に「ギリシア哲学」といって想像されるのはこの時代の思想でしょう。アテナイを中心に、倫理学、論理学などが発展しました。

3つめの「ヘレニズム哲学」は、紀元前4世紀から紀元前1世紀です。

アリストテレスの弟子、アレクサンドロス大王が東方遠征を行って以後、領域が拡張されたギリシアにおける哲学です。エピクロス派、ストア派などが、人間の生きる意味を探究しました。

最後の「古代後期哲学」は、紀元前1世紀から紀元後6世紀前半に渡ります。

すでに哲学の中心はギリシアではなくローマ帝国へと移っており、新プラトン主義などが展開されました。

ローマなのに、なぜ「ギリシア哲学」なのかと感じる人もいるかもしれません。

しかし納富先生は、ローマ帝国は、文化的にギリシアの延長にあったといいます。ギリシア語で著作が記されることも多く、たとえば五賢帝のひとり、マルクスアウレリウスは日記をギリシア語で記していました。

納富先生は、ギリシア哲学を以下の4つの特徴で定義します。

①時期:紀元前6世紀初めから紀元後6世紀前半

②地域:地中海東部から西ヨーロッパの地域
(ギリシアのポリス世界からヘレニズム世界を経てローマ帝国まで)

③言語:古代ギリシア語およびラテン語

④性質:キリスト教以外の哲学

UTokyo Online Education 古代ギリシア哲学を学ぶ意義 Copyright 2022, 納富 信留

ここで注目したいのは、④の「キリスト教以外の哲学」という性質です。

じっさい、古代後期哲学以後は、異端扱いされたギリシア哲学が廃れ、キリスト教社会へと移行していきます。(529年にユスティニアヌス帝による異教徒学校閉鎖令が敷かれました。)

一度ギリシア哲学をベースとする文化(法律、政治制度、自然科学などを含む)は宗教の影に隠れるようになりますが、のちにルネサンスなどを経て、再び西洋文明の基盤となっていきます。

西洋文明の基盤となるギリシア哲学

冒頭でも紹介したように、それぞれの時代に面白く有用な他の哲学がありながら、それでもなおギリシア哲学は、西洋文明において特別な地位を占めています。

それは、哲学という営みがギリシア哲学から始まったからであり、さらにはギリシア哲学が西洋文明そのものの基盤にもなっているからです。(イギリスの哲学者、アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドは(1861-1947)は、「西洋哲学の伝統はプラトンの脚注にすぎない」とまで述べています。)

しかし、政治制度や自然科学など、現代の重要な要素の元となる一方で、哲学者のカール・ポパーが「プラトンの『哲人統治論』はナチズム、スターリニズムの原型だ」と述べるなど、その功罪も指摘されています。

ギリシア哲学は、良くも悪くも現代社会に多大な影響を及ぼしているのです。

ギリシア哲学の「アゴーン」と「コイノーニアー」

それでは、そのようなギリシア哲学を成立させている特徴とは一体なんなのでしょうか?

納富先生は、「アゴーン」「コイノーニアー」のふたつの要素を挙げます。

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「アゴーン」とは、おおまかに「競争」のことを意味します。

古代ギリシアには、オリンピックで知られるように、名誉をかけて人々が競い合う文化がありました。また、競争は体力の面にとどまらず、コンクールでは悲劇や喜劇に優劣をつけていました。

ここで特に注目したいのが、言論による競争、すなわち論争です。

ギリシアには、先行者を徹底して批判的に吟味する精神があり、人々は他者と主張を交わしながら、より良いものを求めていました。(民主政はそのひとつの表れだといえます。)

たとえばアリストテレスは、「親しい人より真理をまず尊重する」と述べています。

このような、他者と言葉を競わせながら真理を探究する態度が、ギリシア哲学の根幹にあるといえます。

一方、「コイノーニアー」が意味するのは、「共同」です。

人々は意見を競わせますが、それは個々人で完結しているのではありません。多くは人との対話によって成立します。

論争を繰り広げながらも、決して敵対するのではなく、共にひとつの答えにたどり着こうとする共同の精神がありました。

たとえば、プラトンが設立した学校・アカデメイアは、まさに言論の自由と共同の生によって、真理の探究が目指された場だといえるでしょう。

ギリシア哲学の批判的な思考とは

それでは、共同でなされるギリシア哲学の批判的な思考とは、どのようなものなのでしょうか?

講義では、いくつかの例をもって紹介されています。

ひとつは、初期ギリシア哲学の「万物の根源」をめぐる論争です。

この時期、「万物の根源(=アルケー)は何か?」という問いが立てられ、幾人かの思想家がそれに応答しました。

タレスはまず、この問いに対して「万物の根源は水だ」と答えました。

するとアナクシメネスは「空気」、ヘラクレイトスは「火」と、それぞれの答えを提示します。

アナクシマンドロスは「無限」、ピュタゴラスは「数」と、答えが次第に抽象的になっていきます。

これらの主張は、現代の視点から見ると、間違いだと一蹴できてしまうものかもしれません。

しかしここで注目すべきなのは、主張される中身それ自体よりも、各人がそれぞれの根拠をもって自説を主張しながら、それを競わせる形で共有の知を作っていった態度のほうです。

他者の主張をそのまま鵜呑みにするのではなく、それを踏まえて新たに説を展開していったことで、議論が深まっていったことが重要なのです。

この態度は、現代の科学の土台となっているといえます。

そして、ギリシア哲学の代表人物であるソクラテスは、この批判的な思考を体現した人物でした。

ソクラテスは、アテナイの街で出会う人に「正義についてどう思いますか?「勇気とはなんだと思いますか?」と問いかけ、対話を行います。

相手の間違いを指摘することになるので、結果としてソクラテスは数多くの批判を行うことになりました。(そしてよく知られているように、ソクラテスは周りの人から目をつけられて処刑されてしまいます。)

しかし、この対話の目的は、相手を批判することではなく、相手とともに物事を探究して、互いの「魂をできるだけ善く」していくことにあります。

批判的思考は、現代にも通ずる哲学の中核であり、物事を突き詰めて考える際の基本となる考え方です。

「哲学」を学ぶ

講義では最後に、「哲学」を学ぶとはどういうことか、納富先生によって語られます。

講義全体の中でも特に実践的なことが語られるこのパートは、ぜひみなさんご自身で視聴してもらいたいのですが、特に印象的なのは「学問が成立したのは哲学から」という主張です。

だからこそ納富先生は、大学に入学したら、ぜひ一度哲学に触れてみてほしいといいます。

学生は、それぞれ専門的な学問分野を探究していくことになりますが、その根幹には全て哲学があります。

また、働き始めてからも、人は哲学的な営みとは無縁ではいられません。

ぜひみなさんもぜひ、この講義動画を視聴するところから、哲学と触れ合ってみてください。

今回紹介したのは、「高校生と大学生のための金曜特別講座」で2022年に開講された「古代ギリシア哲学を学ぶ意義」という講義でした。

「高校生と大学生のための金曜特別講座」とは、東京大学が高校生と大学生を対象に2002年より公開している講座のことです。

(サイトはこちら

東大TVでは、過去に開催された金曜講座の動画を含む、東京大学の公開講座や講演会の動画を数多く公開しています。

そして、哲学に関する講義動画も数多くあります。

真理を探究することと「騙す」ことの関係を考える講義

新型コロナウイルス感染症対策から行政権力について考える講義

〈衰退する社会〉における社会倫理を考える講義

抽象的な議論だけでなく、現実の問題を捉えて論を展開する講義も数多くあります。

ぜひ今回の講義の動画にあわせて、ほかの動画も確認してみてください。

<文/竹村直也(東京大学学生サポーター)>

今回紹介したイベント:高校生と大学生のための金曜特別講座 古代ギリシア哲学を学ぶ意義 納富信留先生

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