【悲惨な歴史の舞台を観光する】ダーク・ツーリズムについて考える
2024/03/22

みなさんは、「ダーク・ツーリズム」ということばを聞いたことがあるでしょうか?

ダーク・ツーリズムとは、「災害・苦難・死など、悲惨な歴史の舞台を観光の対象とすること」です。

たとえば、多くのユダヤ人が収容されたアウシュヴィッツ強制収容所は、世界でもっとも知られたダーク・ツーリズムの対象のひとつです。

そのほかにも、奴隷市や監獄、災害の遺構など、「負の歴史」を伝えている観光地が、世界中にあります

日本でも、広島・長崎は、原爆が落とされた街として、多くの観光客に戦争の記憶を伝えています。

また、東日本大震災以降は、日本でもダーク・ツーリズムへの注目が高まり、近年は震災遺構でも展示が整えられ、観光地になる場所が増えてきています。

『観光として、暗い歴史の舞台をめぐる。』

そんなダーク・ツーリズムを通して、私たちはなにを学ぶことができるのでしょうか?

複数の視点を通して歴史の複雑さを教えるダーク・ツーリズムについて考える講義動画を紹介します。

単純に切り分けられない歴史

今回紹介するのは、ハーバード大学で歴史学を教えるアンドルー・ゴードン先生による講義「日本の「ダーク・ツーリズム」:グローバル、国、市民の視点から」です。講義は日本語で開講されています。

UTokyo Online Education 日本の「ダーク・ツーリズム」:グローバル、国、市民の視点から Copyright 2019年, アンドルー・ゴードン

ゴードン先生がダーク・ツーリズムに注目するようになったのは、2015年のユネスコ世界遺産登録の議論がきっかけだといいます。

当時、世界遺産の登録候補になっていたのは、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」でした。福岡、長崎など九州を中心に8県の炭鉱、造船所、鉄工所など23施設が世界文化遺産の候補に申請されました。

しかし、その承認に韓国政府が「待った」をかけました

候補になっている産業革命遺構の多くは、戦時期に徴用された朝鮮半島の人々が強制的に働かされた場でもあるからです。

韓国政府は、日本は戦時中におこなった朝鮮半島からの強制労働を認めるべきだと主張します。

一方、日本は、朝鮮半島からの強制労働がなかった明治期だけを世界文化遺産の登録対象にするという立場をとります。

UTokyo Online Education 日本の「ダーク・ツーリズム」:グローバル、国、市民の視点から Copyright 2019年, アンドルー・ゴードン

さらに、戦時中の徴用労働制度は朝鮮半島からだけではなく日本人も対象であり、また(強制的であったが)違法ではなかったとして、世界遺産の登録は問題ないと主張しました。

しかし、ゴードン先生は、この日本側の主張にはいくつか問題点があるといいます。

まず徴用労働制度をめぐる「強制性」ということばが狭義に解釈されすぎています。強制的かどうかは複数の視点に立って慎重に考えるべき事柄です。

また、同じ土地に根差した歴史のなかで、明治という時代だけを抜き出すことも不自然です。

しかし、ゴードン先生がもっとも問題だというのは、「明るい明治」と「暗い昭和」という単純な区分けです。

産業革命遺産の歴史は、日本の急速な近代工業化に貢献したという明るい面を取り上げられることが多いですが、実際には残虐な強制労働という暗い面も持ち合わせています。日本型経営の成立も、経営者側の一方的な改革ではなく、労働者の抵抗と闘争によるものでもありました。

産業革命遺産には、明るい面と暗い面が複雑に入り混じっているのです。

複雑な歴史を伝えるダーク・ツーリズム

複雑な視点を伝えるダーク・ツーリズムの実例として、ゴードン先生は栃木の「足尾銅山」をあげます。

UTokyo Online Education 日本の「ダーク・ツーリズム」:グローバル、国、市民の視点から Copyright 2019年, アンドルー・ゴードン

足尾銅山では、歴史の教科書にも書いてあるとおり、銅山の開発によって排出された有害物質が周辺の環境に大きな悪影響をもたらしました。

足尾銅山周辺の施設をめぐると、渡良瀬川の上流と下流で、銅山の歴史をそれぞれ別の視点からみることができるといいます。

銅山の上流では、経営者である古河鉱業の視点、下流では公害の被害者の視点からの記述、展示がまとまっているからです。また、労働に従事させられた中国人労働者や朝鮮人労働者の記念碑も残っています。

また、複数の視点を取り入れた展示の好例として、ゴードン先生は、九州の石炭鉱山である三井田川と三井三池の博物館をあげています。

それぞれ、鉱山の歴史を俯瞰的に振り返りながら、働いていた労働者の視点に立つ資料も展示されており、来館者の声を発信することで、多様な立場を見えやすくしています。

ダーク・ツーリズムのこれから

ゴードン先生は、これからの研究課題として、次の問いを掲げています。

それは、「複数の視点を取り入れる展示と語り方を可能にする条件とは何か」ということです。

UTokyo Online Education 日本の「ダーク・ツーリズム」:グローバル、国、市民の視点から Copyright 2019年, アンドルー・ゴードン

条件の一つとしては、国家や企業のような大規模の組織よりも、地元の組織がベースとなるほうがよさそうだということが挙げられそうです。ただし、地元の視点は一枚岩ではなく、複数の視点を取り入れる保証もありません。

丁寧にまとめられた学術書のようなものであれば、複数の視点を多面的に伝えることができますが、学術書では読者が限られることが多く、たくさんの人には届けられません。

「観光」という幅広い人がおこなう営みだからこそ、ダーク・ツーリズムにはひとつの立場にとどまらないものの見方を提供する貴重な機会になっていく可能性があります。

アンドルー・ゴードン「日本の「ダーク・ツーリズム」:グローバル、国、市民の視点から」ー東京カレッジ講演会

東京カレッジ講演会

今回紹介した講義は、「東京カレッジ」という東京大学の組織が実施しているイベントで開講されたものです。

東京カレッジは、東京大学と海外の研究者や研究機関を結ぶインターフェースとして、2019 年に設立されました。

国内外の研究者と分野横断的な共同研究を行い、その成果が講義やシンポジウムによって共有されています。

この記事が掲載されている東京大学のウェブサイト、東大TVでも、東京カレッジ講演会の動画が数多く公開されています。

海外の先生による英語の講義も多いですが、興味のあるかたはぜひチャレンジしてみてください。

東京カレッジ講演会の動画一覧→https://tv.he.u-tokyo.ac.jp/course_11992/

<文/竹村直也(東京大学学生サポーター)>